第254話 領主館にて
俺とレギさんが部屋に入ると、かなり疲れた様子でソファーに座るカザン君が見えた。
昨日カザン君が領都へと入り、俺達は檻の構成員を一人取り逃してしまっている。
カザン君の傍には辺境軍の精鋭が付いていたとは言え、演説に続き色々とやることがあったカザン君を俺達は遠巻きに護衛をすることにした。
一夜明けてやっと領主館に入ったカザン君を俺達は訪ねているのだ。
「カザン君、お疲れ様。かなり疲れているみたいだけど大丈夫?」
「あ、ケイさん。来られていたのですね、お久しぶりです。えぇ、大丈夫です。何とか演説も終わりましたし......。」
そう言ったカザン君は力なく笑みを浮かべたかと思うと、次第に表情が虚ろになっていく。
いや、全然大丈夫そうじゃないからね?
俺達がここに来ることは事前に伝えていたし、部屋に入るときもノックをしてカザン君から入室の許可をもらったと言うのに。
まぁ、仕方ないか。
ここに至るまで相当な心労だっただろうし、セラン卿と最後に会った時に言っていたように本当に休みなしで今日まできたのだろうな......。
ノーラちゃんが心配するのも無理はないね。
とりあえず、流石につらそうなのでいつもの回復力向上ではなく疲労そのものを回復してあげるとしよう。
魔法の効果によってカザン君の顔色が一気によくなり、それと同時に虚ろだったカザン君の表情にも色が戻る。
「あ、あれ?ケイさん?いつの間に?」
今俺に気付いたと言った様子のカザン君がソファーから立ち上がる。
「うん、少し前にね?ちなみにカザン君とさっき挨拶はしたよ?」
「......す、すみません。気が抜け過ぎていたようです。」
そう言って頭を下げるカザン君。
この様子で昨日の演説大丈夫だったのかな......いや、そこで全てを振り絞ったってことかもしれないな。
「いや、大丈夫だよ。相当お疲れだったみたいだね。」
「は、はい......いえ!お爺様達に比べたら私なんてまだまだ......。」
「そういうのは人と比べるものじゃないよ。それにセラン卿達には経験があるからね。力の逃がし方も上手なのだと思うよ。」
「そう、ですね......やはり、経験は大事だと痛感しました。」
先程の力のない笑みとは違い苦笑するように笑みを浮かべるカザン君。
「ところで、ケイさん。僕に何か魔法を?」
「うん、流石に見てられなくてね。疲労をとりあえず癒したけど......流石にちゃんと休んだ方が良いと思うよ?」
「はい、すみません。ありがとうございます。今日は早めに休もうと思います。」
暫く俺とレギさんでカザン君の体を労わるようにという会話を続けていた所ドアがノックされる音が聞こえた。
「兄様、ノーラです。」
「あぁ、ノーラ。少し待ってくれるかい?」
そう言ったカザン君がこちらに視線を向けてくる。
俺とレギさんは問題ないよと頷く。
「ノーラ、入っていいですよ。」
「失礼します。」
丁寧に扉を開きながらノーラちゃんが入室してくる。
その後ろにはナレアさんとリィリさんが付いて来ていた。
「失礼するのじゃ。」
「失礼しまーす。」
「ナレアさん、それにリィリさん。ノーラと母の事ありがとうございます。」
部屋に入って来た二人に対し、立ち上がり頭を下げるカザン君。
二人はノーラちゃんとレーアさんの護衛として昨日から領主館に入っていたのだ。
「ほほ、カザンよ。領主がそう軽々しく頭を下げるものではないぞ。」
「す、すみません。流石にまだ慣れないので......皆さんの前では勘弁してもらえませんか?」
ナレアさんに窘められて苦笑しながら応えるカザン君。
そうか、カザン君は正式にグラニダの領主になったんだったな。
「頑張ってくださいよ、領主様。」
「ケイさん!?」
「兄様は皆様にまだ甘えたいのです。」
「ノーラ!?」
......ノーラちゃん辛辣だな。
「まぁ、気を抜ける場所は大事じゃな。」
俺とノーラちゃんの口撃の間隙を縫ってナレアさんがカザン君のフォローに回る。
なんかナレアさんはカザン君に対して甘いというか優しい......のか?
「まぁ俺達は外の人間だからな。こういう場でなら今まで通りの方が俺達も楽だな。」
「そうだねぇ......堅苦しいのは疲れるよねぇ。」
そしてレギさんとリィリさんが同調する......あれ?
これは良くないパターンな気がしてきたぞ?
「皆様がお優しくて良かったのです!」
当然ノーラちゃんはこう言うよね......俺も早く何か言わないと......。
「ま、まぁ......。」
「ふぅ、ケイは空気が読めないのじゃ。疲れているカザンの力になってやろうとは思わなんだ?」
「ケイ君は冷たいねぇ。」
「寛容と労わりは大事だぞ、ケイ。」
「ケイ兄様......。」
三人はともかくノーラちゃんの一言が一番心に刺さる!
なんか前にも似たようなことがあったような......。
いや、今はそれはいい。
それよりも早くフォローしないとノーラちゃんの視線が痛い!
俺がカザン君の方に目を向けると微妙ににやけた感じの領主様が目に入る。
くぅ!
弄りたい!
そのにやけづらを屈辱に染めてやりたい!
しかし今手を出せばやけどするのはこちらだ。
俺は遅まきながら皆に追従するようなセリフを吐く。
「そ、そうですね。折角今まで気楽な関係を続けていたわけですし、僕達だけしかいない場であれば今まで通り接する方が、カザン君達も気楽でいいですよね。」
「えぇ、そうして頂けると嬉しいです。」
にこりと笑みを浮かべながら応えるカザン君......おのれ......。
「コンゴトモヨロシクネ。」
「何故カタコトなのじゃ。」
ぎこちない笑みを浮かべる俺にナレアさんが半眼でツッコんでくる。
「まぁ、ケイがおかしいのはいつもの事だから気にするな。それよりカザン、少し頼みたいことがあるんだがいいか?」
「なんでしょうか?」
こう言う時に絶対助け船を出してくれないレギさんが、案の定俺の事を捨て置いてカザン君に話しかける。
「アザル達を捕らえていた牢に残されていた文章を見せてもらってもいいか?リィリ達はまだ見ていないだろうし、ケイも全ての文章を確認できなかったんだ。」
「なるほど......わかりました。」
そう言ったカザン君が立ち上がり執務机の上に置いてあるベルを鳴らした。
程なくして扉がノックされ、入って来た侍女の方にカザン君が二、三言申しつけた。
「今、館にはないので少し時間が掛かりますが、すぐに持ってこさせます。」
「すまないな。」
カザン君がソファーに戻り、座ったのを見計らって俺は話題を切り出す。
「そういえば、カザン君演説はどうだった?聞きたかったけど立て込んでて聞けなかったんだよね。」
「特に大きな問題もなくやれたと思います。」
「うむ、見事な演説であったのじゃ。」
「うんうん、かっこよかったよ!」
「兄様、御立派でした!」
皆絶賛しているな......見たかったなぁ。
「んー惜しいことをしたなぁ。見る気満々だったんだけど......。」
「仕方ないのじゃ。妾達も周囲に気を張っておったからのう、全てをつぶさに聞けたわけではないのじゃ。」
「俺は、遠くからだが少しだけ聞こえたな。」
「え?レギさんカザン君の演説聞こえたのですか?」
俺が驚いてレギさんに問いかける。
「あぁ、微かにって感じだったけどな。強化が無ければ何を言っているかは分からなかったと思うが。」
「む?レギ殿には聞こえたのにケイには聞こえなかったのかの?」
「えぇ、僕のいた場所までは流石に聞こえてきませんでしたね。」
「あれ?レギにぃとケイ君は一緒に居たんじゃないの?」
微妙にナレアさんとリィリさんの二人と話が嚙み合っていないと思ったら、別行動していたのを話していなかったか。
「あー牢までは一緒にいましたが、その後別れたのですよ。レギさんが着替えないといけなかったので。」
「あ、おい、ケイ......。」
「着替える?汚しちゃったの?下水にでも行った?」
レギさんが俺の名前を呼んだ気がするが、リィリさんの畳み掛けるような問いに遮られる。
「いえ、下水に入っていませんが......今回カザン君の周囲を遠巻きに護衛するにあたって、トールキン衛士長から制服を借りたのですよ。ですが、ちょっとレギさんには小さかったみたいで......。」
俺がそこまで話すとレギさんの表情が苦々しい物に変わる。
「あー、もしかして知らせを聞いて捕まえてる場所に急行して破いちゃったとか?」
既ににやにやしながら、俺ではなくレギさんに向かって問いかけるリィリさん。
「......あぁ、まぁ、な。」
「どのくらいぼろぼろに?着替える必要があったってことは結構派手にやっちゃったんじゃないの?」
「......。」
レギさんが無言になったのを見てリィリさんが標的を俺に変更する。
こちらを見つめるリィリさんの向こうから物凄い目で俺を睨んで来ているレギさん......。
さて......どうしたものか。
俺は先ほどの......いや、いつも助けてくれないレギさんの事を思い出しながら、リィリさんにどう伝えるかを考えた。
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