第253話 心的外傷



「戻りました。一人怪我をしていた方がいたので軽く治療しておきましたが......恐らくその方が倒れていた牢にいた人物が逃げ出した奴でしょうね。」


俺がアザルの牢に戻るとどうやら現場検証を終えたらしい二人がアザルの死体を見下ろしていた。


「ありがとうございます、ケイ殿。本来は私が尋問する時以外は牢の中には誰も入らない様にしていたのですが......何かでおびき寄せられたということですね。」


俺の言葉に少し考えるような素振りを見せたトールキン衛士長が呟く。

手足に枷を付けた上で牢に入らない様にまでしていたんだな......。

かなり厳重な警戒を敷いていたにも拘らず上を行かれてしまったということか。


「何か分かりましたか?」


「分かったと言うか......あからさまに怪しいものが残されていてな。」


レギさんが難しい顔をしながら言ってくる。


「何があったのですか?」


「ケイ殿、これを。」


俺が問いかけるとトールキン衛士長が一枚の布を差し出してくる。


「服の、切れ端ですか?」


「あぁ、アザルの体の下に敷いてあったんだ。」


その布にはいくつかの文章が箇条書きにされていた。


「......組織の事を口外しなければ今後組織がグラニダに関わることは無い。領主館を調べれば領主の息子たちが狙われた理由が分かる。アザル達は組織から見捨てられているので組織の思惑とは関係なく動いていた......ですか。信じますか?」


「信じたいと言うのが本音ではありますが、到底信じられる内容ではありません......それともう一枚あります。」


そう言って二枚目を渡してくるトールキン衛士長。

今度は箇条書きではないみたいだな......先ほどよりも文章が砕けた感じになっている。


「......まぁ、信じられないと言うのは重々承知しています。根拠が何もありませんしね。これは前途ある若者達の未来を、陰りあるものにしたくないという老婆心のようなものです。特に口外の件については、かなり苛烈な手段を取ることがあるので信じてくれたら嬉しいですね......。」


俺が読み終ると再び牢に静寂が戻る。

軽い文章ではあるが、念押しといった所か。

苛烈な手段というのが気になるところでああるけど......檻の事を公表しないのは俺も賛成だ。

檻の事は上層部が知っていればいいことで、一般人にまで知らせる必要は無いと思う。


「この内容、それにアザルが死んだことを演説前にカザン様に知らせた方が良さそうですね。」


「すぐに部下を......いえ、私が向かいます。すぐに部下もここに来るはずですので後は任せようと思います。」


レギさんの言葉にトールキン衛士長がこの後の動きを決める。


「では、差し支えなければ、どなたか気絶されている方を起こしてから私達は建物の外で歩哨に立ちましょう。トールキン衛士長の部下の方が到着したら見張りを引き継ぎます。」


「よろしいのでしょうか?」


「えぇ。私達も気になりますので。では急ぎ起こしますので、一言私達の事を伝えて頂ければ。」


「承知いたしました。申し訳ありませんが、よろしくお願いします。」


トールキン衛士長の了承が取れたので俺は牢の前に倒れていた人に回復魔法を使う。

程なくして意識を取り戻した兵にトールキン衛士長が軽く説明してくれたので、先程のレギさんの言葉通り俺達はこの場を起こした兵の人に任せて建物の外に出る。

建物の外に出てすぐにトールキン衛士長はこの場から走り去ったので、とりあえず俺とレギさんは建物の外に倒れていた方達を壁際に寄せて軽く治療を施した。

トールキン衛士長もおらず、説明が面倒なので意識は失ったままだ。


「レギさん。逃げた捕虜ですが、追跡が振り切られました。」


治療が一段落したので俺は先ほど報告を受けた件をレギさんに伝える。


「ネズミ達の追跡を振り切ったのか?ってことは既に街の外まで逃げられたのか?」


「はい、街の外で追跡していた所振り切られてみたいです。ファラが追跡を変わろうと向かっていたのですが間に合いませんでした。」


「ファラが振り切られたわけじゃなくて良かったぜ......しかし取り逃したのは厄介だな。


レギさんの表情が苦々しいものになるが......恐らく俺も似たような表情をしている事だろう。


「そうですね......一応見失った場所からファラが捜索すると言っていましたが......その時点でファラの感知範囲外に逃げられていたみたいなので発見は難しいと思います。」


「カザン達の安全の方に気が向き過ぎていたな。裏をかかれた形になっちまった。」


「カザン君達が今日街に来るって分かっていたのでしょうか?」


「どうだろうな?外の情報は知られない様に注意していたらしいからな、仮に知っていたとしたらどうやったかが気になる所だが......警備の連中の様子の違いに気付いたって可能性もあるな。」


なるほど......カザン君が来ることで普段よりも気を張っていた可能性はあるな......。

普段との違いって言うのは注意して見ていなくてもなんとなく分かるものだし、捕らえられているのならそういった気配に敏感であってもおかしくない。

それに、逃げ出した奴は結構な実力者みたいだしね。

俺がそんなことを考えていると、レギさんがふと何かを思い出したような表情になる。

ってかレギさんの制服......物凄いぼろぼろだけどいいのだろうか?


「ケイ、さっきの二枚目の布だが......裏にも色々書いてあったんだが読んだか?」


「え?そうなのですか?しまったな......見落としていました。何が書いてあったのですか?」


「あぁ......まぁ、実際に読んだ方が良いだろうな。後でカザンにでも頼んで見せてもらうといい。」


そう言ってレギさんは、話題を変える様に破れた袖をつまみながらぼやく。


「しかし、ここまで破けるとは思わなかったな......折角制服を貸し出してくれたと言うのに、トールキン衛士長に申し訳ないな。」


「まぁ、元々大きさがあっていませんでしたし......緊急事態でしたからトールキン衛士長も分かってくれると思いますよ。」


原型を留めていないとまでは言わないけど......袖は右手も左手も肩口から破れ、ノースリーブになってしまっているし、背中の縫い目で真っ二つに分かれてしまっている。

これ......ズボンのお尻も破けているんじゃないだろうか?


「......あの、レギさん。上がぼろぼろなのは見れば分かるのですが......下って大丈夫ですか?その......お尻とか......。」


「む......ど、どうだろうな?」


レギさんが自分のお尻に手を伸ばして確かめているが、よく分からないようだ。


「......すまん、ケイ。見てもらってもいいか......?」


若干恥ずかしそうにレギさんが言ってくる。

恥ずかしそうにしているレギさんは......少し......アレだな。

......と、レギさん相手に羞恥プレイをしても誰の得にもならない......とっとと確認しよう。

俺はレギさんのお尻を覗き込み......惨状を目の当たりにする。


「......レギさん、残念ながら被害は甚大です。早急に何らかの処置が必要だと思います。」


俺の回復魔法では怪我は治せても、服の修繕は出来ない。

後心の傷も癒せない。

このままでは誰かの心に深い傷を残すことになるかも知れない......急ぎ何らかの対策を取らないと......。


「そ、そうか......それはまずいな。何か隠せるようなものあるか......?」


普段であれば上着やマントなんかで隠せないこともないけど、今は借り物の制服なので布的な余裕が全くない。


「せめて着替えた荷物の所に戻らないと難しいですね......。」


「......まずいな。」


「今はカザン君達のお陰で人通りも少ないですし......人目につかなさそうな今のうちに、レギさんだけ先に戻りますか?」


「......いいのか?」


「えぇ、ここはネズミ君達もいますし......僕に任せてください。」


「すまねぇな。少しでも人目に触れないように上から行くか......。」


そう言ったレギさんが近くの建物の上へと駆け上っていく。

俺は遠ざかっていくレギさんの背中を見ながら、偶々レギさんが隣の屋根へと飛び移る瞬間に真下から見上げてしまう人がいないことを祈らずにはいられない。

何度も言うけど、俺の魔法では心の傷は癒せないのだから......。


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