第243話 嫌な奴



特に当てもなくフラフラと街を歩いてみているけど......町全体の活気はやはりなくなって来ているな。

店に並んでいる商品も減ってきているようだし、残っている商品も食料関係を中心に値段が上がっている。

カザン君が領主を継いだとして......最初に取り掛からないといけないのは治安の回復、流通の正常化......ってところだろうか?

上層部の腐敗はコルキス卿がある程度掃除をやったようだし......後はアザル兵士長に呼応して反旗を翻した地方軍の処理か。

地方軍への手回しはセラン卿がやっていたみたいだけど......確かこの前聞いた感じでは全てに根回しが済んでいるわけではいないようだ。

派閥というのがどういう感じなのかは分からないけれど......カザン君の味方になるように働きかけている......最低でも邪魔はしない様に根回しをしていたって感じなのかな?

その辺の政治的なことはちょっと俺には分からないけど......上手くいくといいな。


『今後はどのような展開になるのでしょうか?』


俺と同じように街の様子を見ていたシャルが問いかけてくる。


「うーん......俺もよく分からないけど......グラニダに仕掛けられた陰謀を暴く......いや表沙汰にするのかな?それも簡単には出来ないかもしれないけど。」


その問いに俺はシャルだけに聞こえるように口の中で呟くように返事をする。


『既に犯人は捕らえているので公表するのは簡単なのではないですか?』


「公表するだけならね。でもそれで領民を納得させられるかどうかはまた別だから......アザル兵士長はグラニダでは英雄とされているでしょ?そんな人物が領民に非道を行った領主を断罪したっていうのが現状だから......それを身内であるカザン君が陰謀だったと言っても中々ね......。」


人は......権力者を嫌うからね......。

善政を敷いていたカザン君のお父さんも、陰謀によってあっさりとその名声を叩き壊された。

傍にいる近しい人たちは人となり......いや、一人の人間として付き合っているからこそ理解できる思いがあると思う。

逆に式典などで遠目に見る程度の人達にとっては権力を持っているだけの人間......嘘にまみれた人間という様にしか見えないものだ。

まぁ俺自身、日本のテレビで見ていた政治家の言葉なんか一欠けらも信じていなかったしなぁ。


『真実であっても信じる者は少ないということですか?』


「うん。人は信じたいものを信じるものだからね。そして自分に近い人の意見を信じて、遠い存在の意見は聞き入れない。皆が皆、そうではないけどね。」


カザン君達が今まで何をどんな思いでやって来たかを知っているからこそ、俺達は信じることが出来るけど......事情を知らない民衆にとってはそうではない。

セラン卿達も全ての領民に信じてもらえるとは思っていないだろう......まず優先するべきは影響力を持つ人間、力を持つ人間か?

上から掌握していき徐々に民衆にも浸透させていく......時間はかかるかも知れないけど一番問題は起きにくい方法だろう。


『民衆に受け入れられやすい話を用意するということでしょうか?』


「それも一つの手だね。嫌な言い方をするなら......カザン君は陰謀にはめられて命を落とした領主の息子。そんな人物が親の仇を捕らえ、陰謀を暴き新たな領主として立ち上がった。とても分かりやすい美談だ。しかもその仇は英雄として名をはせていた人物というのだから出来過ぎているとも言えるね。」


出来過ぎていて疑われる可能性もあるけど......真実だからなぁ。

しかし我ながら本当に嫌な考え方をするものだ......。

自己嫌悪に陥っているとファラが心配そうに声を掛けてくる。


『大丈夫ですか?ケイ様。何かご懸念がおありでしょうか?』


「いや、大丈夫だよ。カザン君達の身に起きた不幸を利用するようなやり方を口に出した自分にほとほと呆れ返ってね。」


『それはケイ様が起こってしまったことを最も効率よく......いえ、意味のあるものにしようとした結果ではないでしょうか?ケイ様があの二人の事を大切に思っているのは間違いありません。それは誰に聞いても断言するでしょう。』


「そうなのかなぁ......?」


『一番傍で見てきた私達も断言します。』


右肩に掴まっているシャル、そして左肩に乗っているマナスがこちらを見ている。

いや、マナスの視線は何処を向いているか分からないけど......こちらを見ていると思う。


「うん、ごめんね。まぁ俺が嫌な奴ってのは十分自覚していたしね。今更かな。」


『ケイ様はとてもお優しい方です!』


シャルが語気を強くして言ってくる。

マナスもまた大きく弾んでシャルの台詞を肯定しているようだ。

うん、こういうのはやめておこう。

聞いている方も気分悪いだろうしね。


「重ね重ねごめんね。自己嫌悪していても仕方ないよね。」


俺は気分を変えるように背筋を伸ばす。


「まぁ、多分セラン卿達もこんな感じの話を考えているんじゃないかな?民衆受けは良さそうだしね。」


恐らく領民用のシナリオとしてはこんな感じだろう。

セラン卿とエルファン卿がやっていたのは領都以外の場所にいる有力者への根回し......完璧とはいかなかったみたいだけどある程度の成果が出たからこそ、コルキス卿が完全に限界を迎える前に動き出したはずだ。


『あの者達がこの街に来れば黒土の森について確認出来ますね。』


「......そうだね。」


......うん、その事完全に忘れていたとはシャルには言えないな......そう言えば報酬でカザン君が以前書庫で見たっていう昔の地図を見せてくれるんだっけ。

カザン君達の事やアザル兵士長、檻の事なんかがあってすっかり忘れていたよ。


『すぐに見つかると良いのですが......仙狐様の魔法の事を考えると地図を発見できたとしても神域に辿り着くのは一筋縄ではいかないかもしれません。』


「仙狐様の魔法......幻惑だよね......幻を見せるって言う。」


『はい。天狼様から少し聞いておりますが、相当恐ろしい魔法のようです。』


「うん、俺も母さんから聞いたけど......幻が現になるって言ってたね......。」


幻が現......幻が現実に影響を及ぼすってことだろう。

夢で怪我をしたら起きても同じ場所を怪我している......みたいな感じだろうか?

幻だからと言って相手の攻撃を受けるようなことをしたら死んでしまうかもしれない......しかも相手は幻なんだから何でもあり......なのか?

物語なんかでは幻惑系って物凄く弱いとされる時と手が付けられないくらい強い時があるけど......仙狐様の幻惑魔法は後者だ。

それに......母さんと仲が悪いというか......相性が良くないみたいだし......応龍様に会いに行った時よりも緊張する......。


『はい。術者の力量にもよる様ですが......敵対したのなら最も厄介な魔法だと思います。』


「敵対するつもりはないけど......注意は必要だね。」


神域を幻惑魔法で隠しているだろうし......黒土の森を見つけてからが神域探しの本番と考えた方がいいだろう。


「まぁ、それもカザン君が前に見たって言う地図が見つかってからの話だけどね。」


俺は領主館のある方角に目をやる。

街並みに阻まれてここから見ることは出来ないけど......アザル兵士長はあそこで、カザン君のお父さんの書斎で何を調べていたのだろう?

その辺も尋問によって分かるだろうけど......尋問を始めるのはトールキン衛士長が領都に来てからって聞いている。

アザル兵士長は......最終的には裁かれて......処刑......されるんだろう。

その前に出来る限り情報を得るはずだけど......なんにせよ碌な目にはあわないはずだ。

嫌な気分にならないと言えば嘘になるが......あの時、龍王国の神殿でナレアさんと話した通り......大事なものは決まっている。

だから思う所は未だ無くなりはしないけど......あの時のように悩んだりはしない。

俺は活気のなくなりつつある街を見て大きく伸びをした。


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