第233話 戦闘開始



「ったくよぉ、お前逃げすぎだろ。どこまで行くのかと思ってついて来てみればまさか領都の外まで逃げるとはな......んで、罠を仕掛けているのはここでいいのか?猿知恵野郎。」


道中、何度もナイフを投げつけられながら俺はここまで人目につかずに逃げてくることが出来た。

ここは領都を出てすぐ......特に特徴もない平原。

勿論ここに罠なんてないし。


「あー?雑魚が雑魚らしく群れて待ち構えているのかと思ったが......誰もいねぇみたいだな?」


「別に、お前一人をどうこうするのに罠も人数も必要ないだけだけど?」


俺は軽口を叩いて挑発する......まぁ俺の肩にはシャルとマナスが乗っているのだから一人ではないけど......。


「おいおいおいおい、蠅みたいにブンブン逃げ回っていたクソ蠅が随分粋がった事いってくれるじゃねぇか!なんだ?お前。自殺志願者か?そうか?そうだな?そうだろ!?」


血管が切れそうな程怒り心頭と言った様子のアザル兵士長だが、怒りに任せて突撃してくる様子はない。

そう言えば、こちらが挑発しても基本的に真っ直ぐ突っ込んでくることはなかったな......怒っているのは見せかけで、意外と冷静なのかな?

いや、冷静な人はナイフをすぐに投げてきたりはしないか......。

俺は飛んできたナイフを避けながらアザル兵士長を観察する。

しかし......これまでにアザル兵士長が投げてきたナイフは、十や二十ではきかないだろう。

これはどこかに隠していると言うよりも、何らかの魔道具の効果とみる方が良さそうだ。

ぱっと考え付くのは、妖猫様の空間魔法の込められた魔道具だけど......アザル兵士長の魔力量では、魔法の込められた魔道具を使用することは出来ないようなのでこれは違う。

となると、やはり現代の魔道具と言うことになるのだが...... 以前フロートボードを収納している魔道具についてナレアさんに聞いた時、物をしまい込めるような魔道具は今の所作られていないと言っていた......。

もしアザル兵士長が使っている魔道具がナイフを大量に収納できるような魔道具であれば、その魔道具はナレアさんの知らない魔術式によって作られていると言うことになる。

......いいお土産になりそうだね。


「何を物欲しそうな顔してやがる......ハイエナ野郎が。」


「......いえ、別に。」


......毎度毎度ではあるけど......俺はどれだけ分かりやすいのだろうか?

この世界の人が凄いのか、俺が物凄くダメなのか......うん、世界のせいにしておこう。


「まぁいい。何も策がないならそろそろ死ぬか?」


やっぱり......先ほど激昂していたにもかかわらずもう落ち着いた感じになっている。

演技......ではなく本当に怒っていたと思うけど、一時の感情よりも必要なことを優先するということだろうな......プロフェッショナルってことかな?

言葉とは裏腹に動きはかなり慎重だと思う。

俺に近づこうとしたのは一回だけ、それ以降の攻撃は投げナイフを使って距離を取ったまま一向に近づいて来てはいない。

対する俺は攻撃らしい攻撃は相手の投げナイフを拾って投げ返した一度だけ。

アザル兵士長は口では挑発のような罵倒のような......こちらを見下しているといった態度を取っているが、決して油断をせずに俺の力量を図っているような気がする。


「俺からでいいかな?」


『......承知いたしました。』


俺の言葉を聞き、肩に乗っていたシャルとマナスが飛び降りた。


「あ?なんだそりゃ?これから仕掛けてくるって宣言か?頭沸いてやがんのか?てめぇが攻めるとかねぇんだよ!てめぇはこれから死ぬだけなんだからな!」


俺の言葉に反応したアザル兵士長が激昂する。

アザル兵士長からしてみれば、俺がシャルに話しかけた事は分からないのだから仕方ないのかもしれないけど......本当に一瞬で沸騰するな、この人。

でも俺の肩にはそれ以上に激昂している人がいましたからね?

まず俺がアザル兵士長と戦って、その間に少し落ち着いてくれたらって考えていたけど......話している間に爆発しそうだな......。


「死ぬことはないと思いますが......その前に聞きたいことがあるのですよね。」


「あぁ!?そんなふざけた話まともに取り合うと思ってんのか?クソ猿がぁ!」


なんで猿......まぁいいけど。


「まぁまぁ、そう言わずに。」


俺の質問から何か情報を得ようとしているのか、罵倒してきた割に俺の話を聞こうとしている様子を見せるアザル兵士長。


「聞きたいことは色々あるのですが......とりあえず、檻についてですね。」


「......。」


テンション高めに罵倒を続けていたアザル兵士長の表情が無くなる。


「あれ?ご存じですよね?檻の事。確かあなたはそこの走狗でしたよね?」


「てめぇ......そうか、カラリトの手の者か。何を知っていやがる。」


カラリト......カザン君のお父さんのことか。

しかしなんでまたカザン君のお父さんの手の者だと......?

その言葉から察するに、カザン君のお父さんは檻の事を知っていたことになる。

だとするとアザル兵士長の事も知っていて雇い入れたのかな?


「質問したのは僕ですが?」


「そんなことは聞いてねぇんだよ......てめぇの知ってることを洗いざらい吐き出しやがれ。」


先程までの外に向かって吐き出す激しい怒りとは違い、じわりと滲み出るような怒り。

予想はしていたけど組織への忠誠が本当に高いな......。


「そう言われましてもねぇ......。」


俺はちょっと小馬鹿にしたような態度を取りながら腰にさしてあるナイフを抜く。


「......今お前が選べるのは、すぐに洗いざらい話すか、俺にぐちゃぐちゃに痛めつけられながら全てを話すかの二択だ。」


......やばい。

何がやばいって、今俺の足元でお座りの状態で待機している子が非常にヤバイ。

殺気は抑えているみたいなんだけど......雰囲気が......やばいとしか言いようがない。

もし前もって念入りに言い聞かせておかず、まず俺からやるって話をしていなかったら......もうアザル兵士長は肉片のひとかけらも残さずに、この世から消えていたかもしれないな......。


「では、貴方をぼこぼこにしてから、檻について洗いざらい喋らせるってので行きます。」


「......口の減らねぇ。うっかり殺さない様に手加減するのが難しくなるな。」


「ほんと、手加減って面倒ですよね......。」


「......クソ領主といい、馬鹿ガキどもといい。このクソド田舎の奴らは本当に俺を苛立たせやがるなぁ!」


叫びと同時にナイフが四本俺目掛けて飛んでくる。

顔に二本、遅れて喉に一本、右足に一本。

顔に投げたナイフを囮に喉、さらにそれを囮にして足が本命って感じかな?

難なくすべてのナイフを躱すが、続けて剣を抜いたアザル兵士長が突っ込んでくる。

様子見は終わりってことだろうか?

こっちの手の内は全く晒していないと思うけど......。

俺の想像よりも素早い動きで距離を詰めてくるアザル兵士長。

こっちとしては殺すつもりはないので、見せることが出来る応龍様の魔法は......軽い落とし穴くらいかな?

基本は強化と弱体......いや、弱体も無しだな強化だけで相手をしよう。

......と、ここまで色々と制限しておきながらではあるけど......油断はしないようにしないとね。

一瞬......よりは少し長い時間をかけ、アザル兵士長がこちらとの距離を詰めて剣で斬りつけてくる。

俺はその攻撃をナイフで受け流しながら相手の側面に回り込もうと体をずらす。

その俺の動きを阻害するようにアザル兵士長が肘打ちを放ってきたので、回り込むのを止めて距離を開けるように半身を引く。

その動きに合わせて、先ほど受け流された剣を掬い上げるように斬りつけてきたアザル兵士長は、その攻撃を途中で止めて俺の喉を目掛けて剣を突き出してくる。

......攻撃としてはいいと思う......でもその勢いで喉突き刺したら死んじゃうと思うのだけど......話聞きたいんじゃなかったのかしら?

そんなことを考えながら突き出された剣をナイフで打ち払い、空いている手で顔面を目掛けて掌底を放つ。

その掌底をしゃがんで躱したアザル兵士長は俺の膝を狙って踵を繰り出してきた。

俺はしゃがんだアザル兵士長を飛び越えるように跳び上がり、着地と同時に距離を取る。


「曲芸猿が......ちょろちょろと動き回りやがって。」


立ち上がり、剣を構えたアザル兵士長が悪態をついてくる。

ナイフと片手持ちの剣。

獲物は違えど、動き方というか......フェイントを織り交ぜ、手にした武器以外も駆使した戦い方が俺と似ている気がするな......。


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