第232話 邂逅



こそこそと庭の木や植え込みの陰を渡り歩きながらアザル兵士長のいる書斎に近づいていく。

しかし、気付かれないな......結構近くまで来たと思うのだけど......もうかなり近いと思うけど、まだシャルが合図をくれないし......気づかれていないんだよな......?


「シャル、まだいける?」


『はい。まだ気づかれていません。』


夜だし、植え込みに隠れているとは言え......まだ気づかれないのか......。

視覚強化が無かったら......まだ少し遠いか?

もしかしたらトールキン衛士長の部下の方々は魔道具を使って監視しようとして見つかったのかな?

もしくは館内に潜入して......?

......監視用の魔道具を使った方が良かったかな?

多分それを使ったら確実に相手に気付いてもらえるとは思う。

いや、使い方がおかしい気もするけど......。


「隠れている感じを出しながら見つからないといけないって結構面倒だね。」


『......そうですね。恐らく本気で隠れたら見つからないと思います。』


「普通の人達の監視ってどのくらいの距離でやるものなのかな?」


『すみません、私には分かりかねます。』


「まぁ、そうだよねぇ。」


そんな緊張感の無い会話をしながら書斎に近づいていく。

目と鼻の先とは言わないけど......窓にはかなり近づいてきたところでシャルが声を上げる。


『ケイ様。どうやら相手が気付いたようです。』


「了解。ありがとう。」


......シャルが教えてくれたけど......全然分からなかった。

というかアザル兵士長の雰囲気は全く変わらずに机に脚を乗せたまま本を読んでいるし......不自然な部分は見当たらない。

とは言えシャルが言うのだから間違いないとは思う......こちらも気づかない振りをしてもう少し近づくか?


「このままもう少し近づくね。」


『承知いたしました。相手は警戒しているようなので、お気を付けください。』


「了解。」


警戒......しているのか......全然分からないぞ......。

先程までと同じペースを心掛けて書斎の窓に近づいていく。

俺の不自然な感じとか気取られたりしていないだろうか......?

緊張しないように......適度に慎重に......身を隠しながらゆっくりと近づいた瞬間、少しだけ開いた窓から小型のナイフが飛んできた!


「っ!?」


俺の顔を目掛けて飛んできたナイフを避けると同時に身を翻し窓から距離を取る。

いや、凄いな。

こっちを全く見ていないにも拘らず俺の顔を目掛けて正確にナイフが飛んできたぞ。

感知の範囲は俺が予想していたよりも狭かったけど、それでも窓の外は真っ暗だし、こちらを一度も見ることなく気づいたのは凄い......。

俺がナイフを避けたことに気付いたのか、アザル兵士長がゆっくりとこちらに顔を向ける。

その顔を見た瞬間、心臓が大きく跳ねたような気がした。

数年前より少しくたびれたような印象を受けるが......間違いなくあの時の金髪にーちゃんだ。

逸る気持ちを抑えつつ、ゆっくりと後ずさっていると窓から庭に出てきたアザル兵士長が見下すような笑みを浮かべながら話しかけてくる。


「手加減してやったとは言え、俺のナイフを躱したか。少しは遊びがいがありそうだ......おら、こそこそ嗅ぎまわってねぇでとっととかかってこい。」


見下すような......というよりも完全にこちらを見下しながらかかってこいとアピールしてくるアザル兵士長。

徐にその顔面に全力パンチを叩きこんでやりたくなったが、ここはぐっと堪える。

シャルやマナスに我慢してねと頼んでいる俺が率先して暴発するわけには行かない。

俺は重心を後ろに下げながら、じわじわとアザル兵士長から距離を取ろうとする。

そんな俺の足元にナイフが投げつけられた。


「何逃げようとしてるんだ?そんな逃げ腰だから碌な情報も掴めずに無駄死にするんだぞ?少しは死ぬ気で情報を得るって気概を見せてみろよ。お前らは見つかるとすぐに逃げ出してよぉ、恥ずかしくねぇのか?ネズミか?クソネズミなのか!?てめーらはよぉ!」


何やらぶつくさアザル兵士長が言っているけど挑発のようなのでさらっと聞き流す。

というか、俺にとってネズミは別に罵倒にならないしね。

そう言えば神域で初めて会った時も今みたいな表情で何やら喚いていた気がするな......まぁ、当時は言葉も分からなかったし何言っているか分からなかったけど。

もしあの時言葉を理解できていたら......今感じているこのイラつきはもっと激しかったかもしれないな。


「ったく、どいつもこいつもだんまりでよぉ。少し切られた程度で泣きわめく癖に。だったら最初からもう少し愛想よくしてみろってんだ!」


よく意味の分からないことを言いながら三度ナイフを投げてくる。

そのナイフを避けながら俺は後方に飛びすさる。


「ちっ!ちょろちょろと、避ける事だけは一人前みたいだな!このクソ蠅が!」


「......こそこそ手元を隠すようにして投げるから狙いが甘いんじゃない?」


追いかけて来てもらわないといけないので軽く挑発しておく。

こういう風にしょうもない挑発を続けるタイプには挑発され返されると......。


「避けるしか能のねぇ雑魚が粋がってくれるじゃねぇか......。」


見事なまでにイラついた表情を見せるアザル兵士長。

でも予想していたのとは少し違う態度だ。

てっきり激昂して飛び掛かってくるかと思っていたのだけど......。

それはそうと......ナイフをどこに隠し持っているんだろうね。

三本も投げているけど、どこかから取り出した様子もないし袖の中に隠すには数が多すぎると思う......。

まぁ、ナイフはともかく、腰には剣をさして指には指輪......あれは魔道具だね。

他にも身に着けているアクセサリーの類は全部魔道具っぽいな。

仄かに石の中に光が見える。

俺が相手の装備を確認しているとその様子に気付いたらしいアザル兵士長が不快そうに言ってくる。


「じろじろ見てるんじゃねぇ!このデバガメ野郎が!」


叫びと共に俺に向かって走り出して距離を詰めてくる。

あれ?

今度は突っ込んでくるのか......いや、距離を詰めるって感じかな?

当然距離を詰められない様に俺は敷地の外に向かって走り出した。

あまり引き離さない程度に手加減しつつ、たまに飛んでくる投げナイフを躱しながら塀に辿り着いた俺は、先ほどのように一息に飛び越えるようなことはせずに塀に手をかけつつ駆け登る。


「ふん!思っていた以上に身軽なクソ猿だな。妙な魔道具でも使ってやがるか?だがその程度で逃げられると思うなよ!クソ猿が!」


この人の罵倒ボキャブラリーはどうなっているのだろうか......?

何か動物に恨みでもあるのだろうか......?

それはともかく指にはめた魔道具を起動したらしいアザル兵士長が塀の上に跳び上がる。

当然俺は既に敷地の外に向けて飛び降りている。


「どこまで逃げるつもりだ!いい加減諦めて死ねよ!クソ犬がぁ!」


塀の上からナイフを投げつけてきたアザル兵士長は次いで俺を追うように塀を飛び降りてくる。

うん......この調子でいけば人気のない場所まで引っ張っていけそうだな。

俺は駆け出すと同時にアザル兵士長が投げたナイフを拾いお返しとばかりに投げ返す。

着地直後にも拘らず、馬鹿にしたような笑みを浮かべながらアザル兵士長は俺の投げたナイフを躱す。


「馬鹿が!攻めるなら攻める、逃げるなら逃げる!中途半端な事をやるからてめえらはすぐ死ぬんだよ!駄馬がぁ!」


......今のはアドバイス?

後なんで駄馬?

まぁいいか......俺は振り返らずに走る。

ちゃんと相手が付いて来ていることはシャル達が確認してくれている。

アザル兵士長自身、俺を追いかける事を諦めるつもりは全くないみたいだし、これならいい具合におびき出せそうだね。

人気のない領都を走りながら、内心俺はほくそ笑む感情を抑えきれなかった。


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