第204話 セラン家の人々
「お母様!」
「ノーラ!」
家に入った瞬間、駆け出したノーラちゃんが一人の女性に飛びつく。
飛びつかれた女性も今にも泣きそうな表情でノーラちゃんの事を強く抱きしめる。
俺の横にいるカザン君も安心したような、とても優しい笑顔を二人に向けているようだ。
いや、カザン君だけじゃないか。
今この場にいる全員が同じような表情で二人を見ている。
俺達はエルファン卿の手引きでセラン家......カザン君のお爺さんの家に来ている。
「本当に......本当に、無事でよかった......。」
「うぅぁ......お、おかあさま......お、お会い、した、かったですぅ!」
普段は明るい笑顔で、何事にも動じない様子を見せるノーラちゃんだが、お母さんに会えたことで感情のタガが外れてしまったようで号泣している。
やっぱり無理していたんだろうな......まだ幼いといってもおかしくない年頃なのだから。
リィリさんやナレアさんはそんな様子をみて涙ぐんで......レギさんもだ!?
あれ?
なんか俺一人だけ人の気持ちが分からないみたいな感じになっているような......いや、この場面でそんなことを考えている俺はやっぱり人でなしなんじゃ......。
俺の心中の動揺を他所に、カザン君達のお母さんの横にいた壮年の男性がこちらに近づいてくる。
「孫をここまで守り、連れて来てくださって本当にありがとうございます。私は彼らの祖父でセラン家の当主ハーウェン=セランと申します。あなた方には本当に感謝の言葉もございません。」
もしかしてとは思ったけど......やはりカザン君のおじいさんのようだが......予想以上に若いな......。
やはり結婚や出産が早いんだろうな......まだ六十歳にもなっていないように見える。
「これはご丁寧にありがとうございます。私共は西方より旅をしてきた冒険者で、レギと申します。それからナレア、リィリ、ケイです。カザン様達には旅の途中で偶々会っただけですので大したことはしていません。どうぞお気になさらないでください。」
レギさんがおじいさん......セラン卿に丁寧に応対する。
レギさんと並んで立っても見劣りしない立派な体格をしているセラン卿......贅肉ではなく引き締まった筋肉に包まれた体は、カザン君の細身な体格とは正反対と言った感じだね。
少し気になる所はあるけれど......動きもびしっとしていて......元々軍人さんかな?
「エルファン卿、挨拶が遅くなって済まない。よくぞ来てくれた。長旅で疲れたであろう、しばし体を休めて欲しい......と言いたい所なのだが......。」
「お気遣いありがとうございます、セラン卿。ですが私は大丈夫ですので......。」
「うむ、すまないな。では書斎の方に......。」
そう言って踵を返そうとしたセラン卿であったが一度動きを止める。
「カザン、よく無事で戻った。」
そうぶっきらぼうに一言呟いたかと思うと、すぐに踵を返す。
「ありがとうございます。お爺様。」
カザン君は丁寧に頭を下げているのだが......。
セラン卿......レギさんと話している時もエルファン卿と話している時も、ちらちらとカザン君の事を気にしていたからな......。
本当は一番最初に声を掛けて......いや、抱きしめたかったんじゃないだろうか?
ノーラちゃんがお母さんに飛びついた時に羨ましそうに横目で見ていたからな......。
声を掛ける直前も若干両手が挙動不審な感じで、持ち上がりそうで持ち上がらないといった様子を見せていたしね。
ツンデレ系じいちゃんか......。
そんなことを考えていたらセラン卿はエルファン卿を伴って立ち去ろうとしていた。
「お爺様。」
「......なんじゃ?カザン。」
カザン君に呼び止められ、振り返ったセラン卿の口元が微妙ににやけている。
いや、もう全力で孫の無事を喜んだらいいんじゃないかな?
「私もお話に参加させてもらえないでしょうか?」
カザン君の言葉を聞いたセラン卿の表情が一変、真剣な面持ちになる。
「......。」
先程までの孫にツンデレていた表情とは違い、その鋭い目つきはカザン君の心の奥を推し量ろうとしているようだ。
「お爺様達にセンザから逃がしてもらってから左程時間は立っていませんが......色々なことを考える機会がありました。その中で父の......私人としての父と、公人としての父、両方の遺志を継ぎたいと考えるようになりました。」
「ふむ......その考えは最初の一歩としては悪くない。だがそれだけでは足りない。上に立つものとしての知識も経験も縁故も何もかもが足りていない。」
「はい、私は父から学ばなければならなかったことを何一つ学ぶことが出来ませんでした。だからこそ、お爺様達の話を聞き、考え、学びたいのです。」
「学ぼうとする姿勢は良い。だがこの状況でか?」
「この状況だからこそ、学べることが......学ばなければならないことが多くあるのだと考えます。」
「ふむ......聞きたいことはまだあるが......エルファン卿、どうだろうか?」
「私はカザン様を後援することをお約束しておりますので。是非とも参加して頂きたく存じます。」
エルファン卿の言葉を聞いたセラン卿は少しだけ目元を柔らかくする。
「ふむ、少しは考えているようだな。いいだろう、来なさい。」
「はい!皆さん、申し訳ありません。少し失礼いたします。後ほど部屋の方に伺わせていただきます......あ、部屋の用意が......。」
そういえば使用人さんがいないから色々と用意が出来ないのじゃないかな?
まぁ、俺達は別にしっかりとしたものを用意してもらわなくても大丈夫なのだけど......。
「大丈夫だ、レーアは......まだ少し落ち着かなさそうだな。カザン、レーアに部屋を用意するように伝えてから執務室に来るように。すぐには話を始めないから、きちんと伝えるように。」
そう言って執務室に向かって歩き出すセラン卿。
今のは待っているからお母さんにちゃんと挨拶をしてから来るようにってことだよね?
仕事の話から離れると一気にデレるな......。
「カザン......。」
ひとしきりノーラちゃんとのやり取りが終わったらしいお母さんがカザン君の名を呼びながらこちらに近づいてくる。
確か名前は、レーアさんって呼ばれていたかな......?
「ただいま戻りました。お母様。」
カザン君の挨拶に笑顔で応えるレーアさん。
「よく、良く帰ってきてくれましたね、カザン。ノーラを守ってくれてありがとう。怪我はありませんか?」
「......はい。大丈夫です、母様。ノーラもよく頑張ってくれました。母様も、お体に変わりはありませんか?」
......まだカザン君の方には矢傷が残っているはずだけど......治癒力向上をかけているので、あと数日もすれば傷跡も残らず治療完了となるけどね。
「えぇ、私は大丈夫ですよ。本当に貴方達が無事でよかった。」
そう言ったレーアさんは瞳に涙をにじませながらカザン君を抱きしめる。
「心配をおかけしました。こちらのレギ様たちに助けて頂き事なきを得ました。」
カザン君の言葉を聞きはじかれた様に顔を上げたレーアさんはカザン君から体を離す。
「も、申し訳ありません。みっともない所をお見せしました。私はレーア=グラニダ=ギダラルと申します。カザンとノーラの母です。」
そう言って綺麗なお辞儀をしてくれるレーアさん。
先程まで泣いていた為目が真っ赤だけど、流石にカザン君とノーラちゃんのお母さんだけあってとても美人さんだ。
とても二児の母とは思えない程お若い......。
「母様、皆さんの紹介を私にさせてください。」
レーアさんの後ろについて来ていたノーラちゃんが前に出て名乗り出る。
レーアさんは少し微笑んだ後、俺達の方を窺うように見る。
ナレアさん達が微笑みながら頷くと、レーアさんはノーラちゃんにお願いしようかしらと声を掛ける。
腕まくりをする勢いで張り切ったノーラちゃんが、俺達をレーアさんに紹介を始める。
いつもとは少し違った様子ではしゃいでいるノーラちゃんを見て、俺達は笑顔で自己紹介を始めた。
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