第203話 カラリトの狙い



「センザの街の封鎖について聞きたいのだが。」


領都の話をある程度聞いたカザン君が次はセンザの街の事に話題を変える。


「封鎖というと......貴族区の封鎖とセラン家の事でしょうか?」


「あぁ、わざわざ領都から衛兵が封鎖しに来ているというのはどういうことだ?」


「それもコルキス卿の指示によるものです。表向きはカラリト様よりの勢力を封じ込めるために外部との接触を断つと言う名目で、センザとは直接関わりのない領都の衛兵によって封鎖を行わせました。実情としてはセラン家を守る為ですが......カザン様たちが既にセンザから逃げ出していることは領都でも把握できていたので、アザル兵士長も興味が無いようでしたね。」


「なるほど......だが衛兵を別の街に派遣するのは異例だと思うが......その辺は問題にならなかったのか?」


「アザル兵士長の手の者に領都を警備させるという方向で話を持って行ったようです。勿論、衛兵の全てを送り込んだわけではなく一部のものですがね。」


「なるほど、権力強化の口実にしたのか。」


「はい。」


アザル兵士長の部下が規律正しく動くのであれば問題ないだろうか?

でもいざアザル兵士長を排斥する段階まで事が進んだ時、領都に配置されたアザル兵士長の部下はかなり邪魔な存在になりそうだね。


「では、エルファン卿と一緒であれば、私も貴族区やセラン家には入ることが出来るだろうか?」


少し表情を明るくしたカザン君が期待を込めてエルファン卿に尋ねた。

セラン家の現状はここまで聞いた話ではほぼ問題ない感じだと思われる。

当然カザン君は家族に会いたいだろうし、ノーラちゃんを家族に会わせたいはずだ。


「勿論です。手配したのはコルキス卿ですが、派遣された衛士長は私も旧知の間柄ですし問題はありません。」


「そうなのか?そう言えば母も祖父も衛士長の事を知っているようだと聞いたが......。」


確か使用人のおじさんが言っていたんだっけ......?


「はい。その衛士長はカラリト様と繋がりがある者ですので。」


「そうだったのか......私は聞いたことがない名前だったのだが......。」


「顔くらいは知っているかもしれませんが......基本的にはただの衛士長なので。」


「基本的には?」


含みのあるエルファン卿の言い方にカザン君が反応する。


「はい。センザの街、そしてセラン家に派遣されたトールキン衛士長は......カラリト様の密偵です。」


「父の......密偵?」


カザン君が驚いたような表情になる。


「センザの街に来ている衛兵も全ての者がそうではありませんが、何人かは密偵です。これから先の事を考えると彼らの力は絶対に必要です。密偵としても単独の戦力としても非常に優秀です。」


確かに情報戦のスペシャリストであろう密偵は、絶対に欠かすことが出来ない存在だろう。

しかもエルファン卿がかなり信頼している密偵のようだし頼りになりそうだね。

ファラみたいな感じだろうか......?


「それは心強いな。」


そういうカザン君は少し複雑な表情をしている。

大事なことを何も知らされていなかったとか考えていないといいけど......。


「カラリト様より託された仕事の為に色々と策を巡らせていますが......今のところは順調です。」


「順調......?父は自分の命を賭して......いや、使い捨ててまで何をしようとしていたのだ?」


「カラリト様が望むのものは常に領地の安定、民の安寧です。そして、それを阻むものの排斥です。」


「......。」


私人としてのカザン君のお父さんは家族に対する深い想いを感じさせる人物であったと思うけとした....公人としては......苛烈過ぎるというか滅私が過ぎるのではないだろうか?


「カラリト様は領内で起きている問題、仕掛けられた陰謀、上層部の浄化......これら全てを解決するために自らを消すことを選んだのです。」


「父が死ぬことによって事態が解決すると?」


「......そのことがカラリト様の策の一歩目です。」


自分が死ぬことを前提とした策......正直自分では絶対に立てたくないと言うか立てられない計画だ。

自分の命以上に優先するものが......俺にはあるだろうか?


「つまり現在コルキス卿が行っていることを含めてこの状況が全て父の策ということか?」


「コルキス卿による領都上層部の正常化、領都外の勢力の抑えは辺境軍。そして領民の不満は全てカラリト様がその身と引き換えに......ここまでは予定通りに進んでいます。」


「......父が犠牲になる以外に方法はなかったのだろうか?」


「......カラリト様は最初の襲撃事件が起こった後、急ぎグラニダの地に仕掛けられている陰謀の調査を始めました。ですが襲撃を計画した首謀者はおろか、襲撃を行った兵すら発見することが出来ませんでした。それらを調べているうちに襲撃は何度も起こり......勿論カラリト様に近しいものに限らず、政治に関わる者や軍の上層部でカラリト様があのような非道をなさったなど信じる者はいませんでした。ですが、事態を治めることが出来ていないのは事実。徐々に人心は離れ......特に地方軍にとっては自分たちの警備や作戦の裏をかかれるということで、上層部を疑っていた者も少なくなかったようです。」


完璧に裏をかかれ襲撃を許し、痕跡を調べているにも拘らず足取りさえ掴めない。

上層部の混乱も相当なものだっただろうけど、現場でも相当イライラが募っていたことだろうね。


「事態を解決できない上層部が批判され、求心力を失うのは仕方のないことかもしれぬが......。」


「それは確かにその通りではありますが......それでも事態が広がるのが早すぎます。あれほどの速度で事態が展開されては後手に回らざるを得ません。現地に向かうだけでも数日では済まない距離があるにもかかわらず、襲撃が領内の複数の場所で行われるのです。いくらグラニダ領内の治安が良く往来が比較的簡単に出来るとは言え移動速度を考えると......さらに噂が広まる速度が異常ですし、反乱が起こるのも早すぎます。」


「それは、そうだな......父に首謀者の心当たりはなかったのだろうか?」


「先ほども申し上げたようにカラリト様には少なくない数の敵がいました。ですがこのようにグラニダの各地に陰謀を仕掛けられるような勢力は領内はおろか、近辺にもないはずです。」


「恨みは買っていても実際に仕掛けてくる相手が居なかったと......?」


「そうなります。」


「例えば......周辺勢力が手を組んだ、というのはどうだ?」


「......それは難しいでしょうな。足並みを揃えて事を起こすには連携が必要です。日々互いに争いを繰り広げている周辺勢力を纏めるだけでも多大な労力を要するでしょうし......自勢力だけで実行したとしてもこれほどの大規模な仕掛けは相当な難易度になります。それを他勢力と協調して成し遂げることが出来る、しかも我々に尻尾を掴ませないなど......並みの練度では......いえ、とてつもない練度です。そのようなことを複数の勢力が連携して成せるのであれば、真正面からグラニダと戦っても勝てると思います。」


「なるほど......しかしそういう工作をするのは専門の部隊を育成するのではないか?秘密裏にそういった部隊を育成している勢力があったのでは?」


「絶対にないとは言い切れませんが......グラニダの各地に展開させるにはかなりの人数が必要になります。そしてそういった特殊な技術を持った人間を育てるには高度な教育、蓄積された経験、そして何より時間と金銭がかかります。そのような動きは......見逃すはずがありません。」


「......こうして話を聞いてみると、本当に相手の姿がみえないな。」


「はい。カラリト様も......他に手があるのならこのような方法は決して取らなかったでしょう。それほどまでに敵の動きは早く、逃れようのない物でした。」


この展開の早さや尻尾さえ掴ませない練度の高さ。

やっぱりこの感じ、龍王国で起こっていた事件を思い出すな......。


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