第202話 何が起こっているのか



「つまり領都ではコルキス卿の主導で膿を出しているということか?」


「はい。アザル兵士長を前面に出していますが、政治的な実権はコルキス卿が握っていると言えます。」


もしかすると俺達の感じていたちぐはぐ感はこの辺から来ているのかもしれないな。

俺達はアザル兵士長が自らの権力を絶対的なものにするために、領都で冤罪を被せながら粛清を行っていると考えていた。

だが実際はカザン君のお父さんでも裁くことが出来なかった人を強引に罷免していっているのだと言う。

しかもそれを主導しているのはカザン君のお父さんよりの人物らしい。


「ならば領都の政治的な混乱は近いうちに正常化されると考えていいだろうか?」


「正常化と言うには程遠いと思いますが......領民を困らせない程度には運営されるようになるとは思います。現時点でもコルキス卿が上手く回していますので。」


そう言えば、領民の方の混乱はさほどでもないってファラが言っていたっけ?

まだ政治的な大きな動きが無いからだと思っていたけど、頑張っている人がいたからなのか......。


「ですが、アザル兵士長が力を持っていることは事実です。コルキス卿が上手く操ると言うのも限度がありますので。」


「なるほど、それはそうだな......そう言えば、私達の手配書を発布したのはコルキス卿なのだろうか?」


なるほど......もしかしたら手配書はコルキス卿がカザン君達を保護するために?

カザン君が尋ねるとエルファン卿が眉を顰める。


「いえ......その件に関してはアザル兵士長が発布したようです。コルキス卿であればもっと穏便かつ秘密裏にお二人を保護しようとしたでしょう。」


「......理由が分からんな......何故私達を生け捕りにする必要があるのだ......。」


「申し訳ありません。私にも分かりかねます。」


カザン君の言葉にエルファン卿も首を傾げる。

エルファン卿から見てもアザル兵士長と二人の接点は思いつかないようだね。


「彼とは殆ど関わりがなかったのだが......一体何が目的なのか......。」


「確かに......領都にて威張り散らしているのですが......政治に興味があるわけでもなく、執政に関してはコルキス卿に一任している感じです。何故あれで軍部を纏めていられるのか疑問ではありますが......私達文官には分からない魅力があるのでしょうか......。」


「言い方は悪いが......確かに人望がある人物とは思えないな......。」


「癇癪持ちというか情緒不安定ですし。率先して着いて行きたい人物とは......。」


アザル兵士長、ぼこぼこに言われているな......。

相当面倒な性格をしているようだね......確か個人の戦闘力が高いっていってっけ?

そんな人物が畑違いの政治方面で領都を掌握出来た事に疑問はあったのだけど、寧ろコルキス卿って人がアザル兵士長の武力を背景に事態を抑えていると言うのが実情なのか。


「コルキス卿のお陰で領都における政治の正常化が計られているいるのは分かった。アザル兵士長は表向き実権を握っているだけと言うことだな?」


「そうなりますが、反乱を起こした軍はアザル兵士長の指揮下にあります。その点で言えば力が無いとは言えません。その気になれば領都に常駐している戦力を軽く上回る兵力を持っているので。」


「アザル兵士長の事を考えないわけにはいかないな......。」


「アザル兵士長もそうですが......カラリト様とグラニダを陥れた黒幕を探すことが大事だと思います。」


「現状を引き起こした者か......。」


「グラニダは歴史が長く、決して一枚岩とは言い切ることは出来ませんでしたが......それでもカラリト様のもと穏やかな統治が為されていました。派閥はあれどもこのような事態まで引き起こすようなものはいないと思います。」


「外部の陰謀だと?」


「私はそう考えます。」


「だが外部の勢力による策略にしては......その後の動きが何もなさすぎじゃないか?恐らくだがこのままいけばコルキス卿によって内政は正常化。軍の方も父という総指揮官はいないが有事の際には各兵士長の元、動くことが出来ると思うぞ?」


「そう、ですね。」


「それに国境警備軍は反乱には参加せず外ににらみを利かせている。内乱に乗じて動くならともかく事が済んでしまっては動くには遅すぎるのではないか?」


「......私としては......カラリト様の排斥が目的だったとも考えられると思います。」


「父の......。」


「カラリト様の難民政策が上手くいって以降、戦争難民以外の者達もグラニダの領地を目指して移動して来ていました。近隣の勢力下で村を維持するよりもグラニダに難民として保護される方がいい暮らしが出来ると噂になっていたようです。」


「すべての難民を受け入れられるわけでは無いのだがな......。」


「はい、ですがそのあやふやな希望に縋らなくてはならない程、領外の暮らしは困窮しているということなのでしょう。」


今まで住んでいた村を捨て、難民となってまで新天地を目指さなくてはならない程のものなのか......そういえば、龍王国から出てすぐに出会った人達......あぁいう感じの人達......もしくはもっと酷い状況の人達が自ら難民となっているのかもしれない。


「私はグラニダ領の外には出たことが無いからな......領外はそんなにもひどいのか?」


「はい、これは長らく安定した勢力を保っているグラニダに住む我々には理解が難しいところではありますが......カラリト様について領外の視察に行ったことがありますが、領民の表情が違います。」


元難民の開拓民の人達には会ったことはないが、少なくともセンザの街の人達はここに来るまでに立ち寄った街の人とは少し雰囲気は違う。

センザの街の人にはどこか余裕が感じられる気がする。

東方に来て最初に会った人達は......余裕なんかどこにもなかったな。


「......父の政策が周辺の勢力にとっていいものではなかったと言うことは分かった。領民を奪われるようなものだからな。」


「はい。カラリト様の難民受け入れはグラニダの力があってこそ成功しました。他の領地で同じことを行うのは不可能です。周辺勢力からすれば領民を不当に奪われて国力を削がれ、国力が下がるからさらに領民を奪われる。袋小路にも等しい状況に追い込まれていたとも言えます。」


屯田に回せるだけの兵力を持ち、国境の警備も完璧。

この辺一帯で最大の領地を保有していて、土地も肥沃と言えるだろう。

持っている人がそれを生かしてさらに多くのものを手に入れていく。

この世界に限らずどんな場所でも当たり前のように行われている事ではあるけど、奪われていく側として怒りを覚えても仕方のないことかもしれない。


「父が間違っていたのだろうか?」


「そのようなことはありません。領地を富ませ、領民を豊かにしていくことは領主としての義務です。東方の地にいる多くの国主はそのことを忘れ、短絡的に持っている者から奪えばいいと考えているのです。」


発想が山賊とかのそれだな......。


「......私は父のやり方、意志を継ぎたいと考えている。だが、まだ父から学ばなければならないことは多かったと思う。」


「......。」


エルファン卿の表情がつらそうなものに変わる。

長年カザン君のお父さんの片腕として働いてきたエルファン卿にとって、現在の状況は筆舌に尽くしがたいものがあることだろう。

その胸中は俺では......恐らくカザン君であっても推し量ることは出来ないはずだ。


「エルファン卿、貴方の力を借りたい。父から学ぶことの出来なかった手腕、考え方、そして意志。貴方を通して学ばせてもらいたい。」


「領都から逃げて出した老骨には荷が重いと思いますが......。」


「今までの話を聞いて、貴方が粛清を逃れてセンザに逃げてきたと考える人間はいませんよ。」


エルファン卿が雰囲気を変えてとぼけるように顎を掻きながら言う。

それを受けるカザン君も苦笑しながら応えている。


「これを機に隠居を、と考えていたのですがね。もう暫く腰に鞭を打つとしますか。」


とてもじゃないが老人というには早すぎる年齢だろうエルファン卿が笑みを浮かべる。

どう見ても隠居を考えていたとは思えないな......御者の振りして怪しい人物に自ら近づいてくる人だし......文官って言っていたけど、戦闘経験も十分ありそうだ。


「ありがとう、エルファン卿。領都でまだ頑張ってくれているコルキス卿にもご指導賜りたいものだ。」


「彼が反抗派閥を率いているのは生来のひねくれ者という性質もありますからな。一筋縄ではいかないかもしれません。」


「コルキス卿と腹を割って話すのは楽しそうだ。早く会いに行かねばな。」


そう言って決意に満ちた笑顔を見せるカザン君。

まだ分からないことは多いけど、どうやら味方は少なくないみたいだね。


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