第185話 断るよ



俺とレギさんがキャンプ地に戻るとカザン君が火の番をしながら、少し離れた位置で遊んでいるノーラちゃん達を眺めていた。

俺たちが近づいて行ってもこちらに気づいた様子はなく......もしかしたらノーラちゃん達の様子も見えていないのかもしれない。

カザン君の様子からは何を考えているのかは読み取ることは出来ないが......。


「......あぁ、ケイさん。おかえりなさい。」


こちらに気づいたカザン君が立ち上がりながら挨拶をしてくる。


「ただいま。火、ありがとうね。」


「いえ、手持ち無沙汰だったので。」


座りなおしたカザン君が火をかき混ぜながら答える。

俺は拾ってきた薪を下ろすとカザン君の向かい側に腰を下ろしてお茶の用意を始める。

遠くから聞こえてくるノーラちゃん達の声を聞きながらポットを火にかけ、茶葉を取り出す。

暫くしてお湯が沸いたので俺はレギさんとカザン君にお茶を渡す......他の人は......まだ戻ってくる気配がないな。


「ありがとうございます、ケイさん。」


お茶を渡すとお礼を言ってくれたが......そのお茶を見つめたままカザン君は硬直する。

大丈夫かな......?

レギさんはゆっくりとお茶を飲んでいる。

木で作られたコップで飲んでいるのだが......何故レギさんは優雅さを感じさせるのだろうか。


「ケイさん、レギさん......少し良いでしょうか?」


レギさんの所作に見とれていたらカザン君が呟くように声を掛けてきた。


「......うん。」


「あぁ。いいぜ。」


カザン君は一度深く深呼吸をすると言葉を紡ぎ始めた。


「......領都から逃げ出した後、私はグラニダの領主の息子であることよりもノーラの兄であろうと考えていました。」


ゆっくりと、言葉一つ一つに力を籠めつつカザン君は独白するように言葉を続ける。


「ですが......先ほどファラさんにグラニダの話を聞いて、なんとも言い難い想い......いえ、はっきりと憤りを感じています。」


カザン君が内心を吐露していく。

淡々と喋り、手に持つコップも震えている様子もない。

しかし、その背中から何かを感じる気がする。


「このまま皆さんと一緒にいさせてもらい、妹を安全な場所に送り届ける。そして私自身もそこで妹の成長を見守る......それが両親の望んだことだと思います。」


カザン君のコップを持つ手に少し力が入る。

ご両親の願い、それを十分に理解していながらも......。


「しかし、私に果たさなければならないことがあると思います。」


こちらを真正面から見据えるカザン君の瞳に強い意志が感じられる。


「それは、両親の願いを裏切ることだと理解しているつもりです......ですが、私がやらなければならないことなのです。」


「......本当にそうか?」


カザン君の言葉にレギさんが問いかける。


「......。」


「両親の願い。妹の幸せ。そしてお前自身の幸せ。そう言ったものを全て投げ打ってでもやらなければならないことか?」


「はい。」


「......復讐、ではないみたいだな?」


「はい、そこまで独善的なことをするつもりはありません。いえ、結果は同じ事かも知れませんが......。」


つまりカザン君はグラニダに帰って兵士長と対決すると言っているんだな......復讐心以外の思いで。


「私が戻ることによって本当にグラニダの民の為になるかは分かりません。しかし、武力を背景に粛清を強行するような人間にグラニダの民を任せることは出来ません。」


......そのような人物がトップにいて素敵な未来が訪れるとはとてもじゃないけど考えられない。

今はまだ地盤固めの最中だが......それが整った時どんなことを言い出すかわかったものじゃないよね。


「父は家族として私達を愛し、それ故私達を街から逃がしました。ですが同時に父は領主としてグラニダを愛し、守ろうとしたからこそ自らはグラニダに留まりました。結果として父はその思いを遂げることは叶いませんでしたが......私は父の想いを継ぎたいのです。」


復讐心ではなく......お父さんの想いの為、そしてグラニダに住む人の為に戦いたいと。

恐らくだけど......ファラから聞いたグラニダの話が、このまま問題なく統治がされていきそうだというような内容であったのなら、カザン君は追手の兵士を見逃した時と同様にその復讐心を飲み込んだのではないだろうか?

だが、グラニダの現状を聞き、このままでは碌なことにならないと感じたからこそ危険を承知で立ち上がろうとしている......。


「......ですが......ケイさん。いえ、ケイ様、レギ様。お頼みしたい事があります。」


「「......。」」


俺とレギさんがカザン君を見つめる。


「妹を......ノーラを安全な場所......出来れば龍王国より西まで連れて行ってはくれませんか?」


カザン君は自分の目的のために俺達の力を当てにせず、ノーラちゃんの為に力を使って欲しいと願ってきた。

しかしそれでは......。


「断るよ。」


カザン君の体に力が入った。

そしてレギさんが目を丸くして俺の方を見ている。

いつもであれば......このセリフを言うのはレギさんだ。

しかし......何故だろうか?

俺がカザン君に直接伝えたかったのだ。


「理由をお聞きしてもいいでしょうか?皆さんの恩情に縋るのは申し訳ないと思っていますが......。」


「......ノーラちゃんを龍王国に連れて行ったとして、それで終わりでいいのかな?」


「それは......。」


「ノーラちゃんはまだ幼い。いくらこっちよりも治安がいいとは言え、龍王国で一人で生きていけると思う?」


「......。」


「あぁ、そこも面倒を見て欲しいってことかな?」


......俺、かなりレギさんに影響を受けている気がするな。

一瞬、ニヤニヤしながら俺の方をみるナレアさんとリィリさんを幻視した気がするけど......。

俺の横にいたレギさんは今は目を瞑って俺たちの話を聞いている。

多分レギさんは俺の言うことを分かってくれている......いや、俺もレギさんが言おうとしたことを分かっているからこそ先に声を出したのだけど。


「......それは。」


「まぁ、元々こっちの用事が終わったら二人を安全な場所まで連れて行くって話だったけどね?」


「......。」


「龍王国より西っていうけど......ここから相当距離あるよね?わざわざそんな遠くを指定している割に明確な場所を指定しないってことは、向こうに頼れる相手はいないってことだよね?」


「......はい。」


「こっちでは馴染みのない言葉だと思うけど......俺たちは冒険者だ。あまり一か所に留まることはないんだ。ノーラちゃんが一人前になるまで面倒を見続けるって言うのは難しい。でもカザン君と一緒であれば生活していくのに問題ないと思った、だからこそ二人を送り届けるって話をしたんだよ?」


「......。」


「お父さんの想いを継ぎたいって言うのは立派だと思う。でも今カザン君がやろうとしていることは私人として家族を愛し、街から逃がしたお父さんの想いを蔑ろにすることにならないかな?」


「......それは......そうですが......。」


「確かにカザン君のお父さんは領主として領民の為に生きたのかもしれない。でも君達にまでそれを求めたのかな?もし求めていたのなら......お父さんは君達を逃がしたかな?」


カザン君が俯いてしまう。

......い、言い過ぎたかな?

レギさんは......いや、ここで助けを求めるのは格好悪すぎるな。


「......とまぁ、ここまでカザン君の提案を全否定してきたけど。」


俺がそう言うとカザン君が顔を上げる。


「ノーラちゃんの安全を確保したいという気持ちは十分理解出来ます。」


「......。」


「そして、お父さんの想いを継ぎたいという気持ちも分かるつもりです。」


カザン君の表情が少し生気を取り戻した感じがする。

訝し気な表情ではあるけど。


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