第131話 応龍



「すっごい景色ですね!クレイドラゴンさん!」


『お楽しみいただけて何よりです!寒くはありませんか?』


「えぇ!クレイドラゴンさんの魔法のお蔭で快適なくらいですよ!」


俺は今遥か上空をクレイドラゴンさんの背中に乗せてもらい飛んでいる。

元の世界にいた頃も数えるくらいしか飛行機に乗ったことのない俺からすれば、空を飛ぶというのは殆ど未知の体験だ。

いや、飛行機で飛ぶのとは全く違うか。

箱の中から小さい窓で外を見るわけではない。

視界はどこまで行ってもクリアで、その気になれば真下を覗き込むことだってできる。

そもそもこんな上空で風を浴びることなんて出来ない。

クレイドラゴンさんの魔法が無ければ凍り付くような寒さなのだろう......多分。


「シャルは空を飛んだことはあった?」


『いえ、初めての経験です。この移動能力は私以上ですね......。』


少し悔しそうにシャルが言う。

クレイドラゴンさんはけして移動能力自慢をしているわけじゃないと思うけど......シャルとしては譲れない部分らしい。

今応龍様のいる神域に向かっているのは俺とシャルの二人だけだ。

まずは俺が応龍様に挨拶をして、母さんからの言伝と手紙......の様なものを渡してからナレアさんの事を話そうと考えている。

王都で皆は待機してもらっているが......なんとなくレギさんは依頼受けてそうだなぁ。

ゴミ拾いとか下水掃除とか......リィリさんは食べ歩きかレギさんの手伝いだな。

ナレアさんは......予想が難しいな......リィリさんかヘネイさんと一緒にいるとかかな?

応龍様に加護を貰う許可が頂けるといいけど......。

クレイドラゴンさんが進路を変えて正面に岩肌が近づいてくる、そろそろ到着なのかな?


『神子様。そろそろ神域に入ります。目の前の岩肌は幻影ですのでご安心ください。そこを越えた先が応龍様のおわします、神域です。』


あの岩肌は幻なのか......ってことは仙狐様の魔法かな......?

しかし、幻影だと教えてもらっていてもこれは中々怖い......みるみる岩肌が近づいてくるのにクレイドラゴンさんはスピードを緩めない。

だから目を瞑ってクレイドラゴンさんにしがみ付いても俺は悪くないはずだ。

別に怖くなんてないんだからね!等とは言わない、普通に超怖い。

そうしているとクレイドラゴンさんから声をかけられる。


『神子様、神域に到着しました。地面に降りますので少々揺れます、申し訳ありません。』


「大丈夫ですよ。宜しくお願いします。」


豪快な勢いでクレイドラゴンさんが地面へと降りていく。

俺の少しとクレイドラゴンさんの少しはかなり違ったようだ......。

少しだけ、ほんの少しだけ恐怖を味わった後、俺は地面へと降りた。

飛んでいた時は気付かなかったけど、地面に降りて人心地着いたからか空気というか雰囲気の違いに気づいた。

この感じは母さんの居る神域に似ている。

暖かくて気持ちがいい、かなりの標高だというのに体に何の違和感もない。

空気が薄いとかそういうのは分からないけれど、普段より体調がいいくらいだね。


『神子様、ご案内いたします。こちらにどうぞ。』


「宜しくお願いします。クレイドラゴンさん。」


クレイドラゴンさんの巨体について行く。

その体に隠れて前方は全く見えないけどこの先は結構広い空間になっているようだ。

周りは岩肌が剥きだしでとても過ごしやすそうな雰囲気ではないが、地面は綺麗に整地されているようで歩き辛さはない。


『神子様、このまま真っ直ぐお進みください。この先で応龍様がお待ちになっておられます。』


そう言ってクレイドラゴンさんが道を開けた。

シャルが俺の肩から降りて元の姿に戻り後ろに控える。


「ここまでありがとうございます。」


クレイドラゴンさんにお礼を言った後、俺はシャルを伴って進んで行く。


「シャル、少し緊張してる?」


『はい、申し訳ありません。』


「謝る事じゃないよ。まぁ俺も緊張しているから聞いたのだけどね。母さんから大丈夫とは聞いているけどやっぱり緊張しちゃうよね。」


『そうですね......ケイ様、到着したようです。』


今まで歩いてきた道から広場になっている場所に到着したが、応龍様の姿は見えない。

通路はここで終わりの様だからここが目的地だと思うけど......。


『よく来たのう、天狼の子よ。』


声が聞こえると同時に辺りが暗く......いや日の光が遮られたのか。

上空から龍が降りてくる。

東洋龍......蛇の様な姿を持つ応龍様が空から舞い降りてきた。




「御初御目にかかります。天狼が子、ケイ=セレウスと申します。お目通りをお許しいただきありがとうございます。」


『はっはっは。そのように畏まる必要はない。楽にしなさい。彼女の、天狼の子であるならば私にとっても子のようなもの。普通に話してくれると私も嬉しいよ。』


「はい、ありがとうございます。今日は母より言伝と手紙を届けに参り......届けに来ました。」


応龍様は笑いながら体を伸ばしてくる。


『手紙を貰おう。』


俺は懐から取り出した魔道具を応龍様に渡す。

手紙......では全くないと思うけど......母さんは渡せば分かるって言っていたから多分大丈夫だろう。


『確かに。言伝とやらを聞いてもいいかな?』


「はい......私が間違っていたようだ、確かに素晴らしい事だった。以上です。」


『はっはっは。あの頑固娘がそう言ったか!これは愉快だ!しかも子にそれを言わせるか!随分と可愛い事をするではないか!』


応龍様が呵呵大笑しだした。

よほど面白い内容だったようだね......意味は全然分からないけど。


「......応龍様?」


『あぁ、済まない。いや何、頑固者も四千年も経てば変わる物なのだな。さてこちらでは何と言ってきているか......。』


応龍様がそう言うと手に持っていた魔道具が光を強くする。

あれはボイスメールみたいなものなのだろうか?

暫く応龍様が無言で魔道具を見つめている。


『......全く。少しは丸くなったのかと思ったが、こういうところは全く変わっていないな。待たせたな、ケイよ。大方の事情は把握した、まずは加護を与えようと思うがいいかな?』


「はい!ありがとうございます。」


『私の魔法は天地を操る魔法だ。上手く使ってくれると嬉しい。』


応龍様が俺に手をかざす。

何かが光ったりだとか、分かりやすい現象は何も起こってはないし俺の中でも何か変化があったわけでも無い。


『問題なく加護は与えられたようだ。試してみなさい。地面を少しへこませるくらいでいいだろう。』


「分かりました。やってみます。」


俺はしゃがんで地面に手を置く。

触らなくても出来るはずだけど、慣れていない最初の頃はイメージしやすくするためにはポーズも大事だ。

前にナレアさんが魔道具でやっていた地面を少しへこませるイメージで魔法を使う。

使った魔力はほんの少しだった為、ぬかるんだ地面を踏んだ程度のへこみが岩肌に生まれる。


『問題無く行使出来ているようだな。しかしまた随分と繊細に魔力を使うな。』


「あはは、怖がりなもので。最小限に抑えながらやらないと、とんでもないことになりそうで。」


『はっはっは。昔加護をやった人間たちはそこまで慎重ではなかったな。よく自分で開けた穴に落ちていく奴を見たものだ。』


そう言った応龍様は懐かしそうな少し俺が穴に落ちなかったのを残念がる様な複雑な雰囲気で喋る。


「やはり慎重さは大事ですね。母さんの魔法を初めて使った時は歩くのもままなりませんでした。」


『なるほど、そちらで経験済みだったか。残念だ。』


応龍様......少し娯楽に飢えているような......。

うん、穴に落ちる役目はナレアさんにやってもらおう。


「応龍様、不躾なお願いなのですが。私の仲間にも加護を与えて頂けますでしょうか?」


『構わぬぞ。そちらの影狼か?』


「あ、今ここには来ていないのですが。今度連れて来てもいいでしょうか?」


『それは人間か?』


「はい、人間の魔族です。」


『私としては構わないが......神域に入る前に強化魔法をかけるのを忘れないようにな。ただの人間では神域には長時間耐えられぬ。魔力に対して耐性を高める様な強化をしてやれ。』


「分かりました。今度連れて来るので宜しくお願いします。」


ナレアさんに良い報告が出来る。

今日一番緊張する時間だったな......いや、本当に良かった。

それにしても母さんに聞こうと思っていた神域に入る方法を教えてもらえたのは良かった。

というか、よく考えたらナレアさんがここに来るのに必要なんだから母さんに聞くって遅すぎるよね......うっかりしてたな。


『任されよう。さて、次は他の神獣、妖猫と仙弧の神域の場所だな......。』


そう言って応龍様は話を進める。

やっぱり神獣様にとって加護って言うのはそんなに重くないものって感じがするね。


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