第40話 踏み出した一歩
「ま、そんなわけでよ。俺は十年以上かけても中級冒険者になれない。ただ経験だけは積んでいってな、付いた二つ名が『最強の下級冒険者』だ。」
「......レギさん。」
「まぁ、ダンジョンの経験は全然ないがな。冒険者ってより街の便利屋って方向だな。ダンジョンの外なら魔物とも普通に戦えるんだが、ダンジョンとなるとそこが平原だろうと屋内だろうと関係ない。まぁ入り口で倒れるから中がどうとか関係ないのかもな。」
レギさんのそれは心理的外傷、トラウマってやつかな......いや、どちらかと言えばPTSDってやつか?
ダンジョンで失ったもの、与えられた恐怖、絶望、癒されない悲しみ。
そういったものにレギさんの心が絡めとられているんだろう......。
多分この世界に精神科医っていないよね......カウンセラー的なことをしてくれる人はいそうだけど......。
「だからよ、今回ビビり倒しちゃいたが遂にダンジョンに足を踏み入れることが出来た......ガキ共に心配されるような体たらくではあったがな。二回だ、一度ダンジョンから出て、すぐにもう一度突入した。二回もダンジョンに入れたんだ。中にいた時はそれどころじゃなかったが、あの震えは恐怖だけじゃねぇ、再び足を踏み出せた喜びもあったと思う。」
「......皆さんを、迎えに行くんですね?」
「あぁ、街に戻って準備を整えたら俺はあのダンジョンに行く。」
「......レギさん......僕も......僕にもお手伝いをさせて頂けませんか!?」
散々お世話になっているレギさんの手伝いをしたい。
その気持ちはもちろんある。
でもそれ以上に、レギさんの仲間、ヘイルさん、エリアさん、リィリさんの三人をダンジョンにいつまでもいさせたくなかった。
ちょっとレギさんから話を聞いた、ただそれだけ。
間柄とも言えないような関係。
それでもレギさんの大事な人たちをダンジョンに置いておけるわけがない。
「......いいのか......?」
「はい!迷惑でなければ!手伝わせてください!」
「......にーちゃんには縁もゆかりもねぇ、しかも死体どころか骨も残っちゃいないだろう。せめて武器だけでもとは思うが、それすらも難しいだろう。目的さえあやふやなまま行こうとしているんだぞ?」
「レギさんが納得するまでダンジョンを回りましょう!」
「......すまねぇ......!」
「僕が行きたいんです!連れて行ってください!お願いします!」
「......あぁ......ありがとう、にーちゃん!」
俺はレギさんとレギさんの仲間の人たちを迎えに行くためにダンジョンへ向かうことになった。
街まではまだ遠い、でもアレだけ痛かった体は全く気にならなくなっていた。
「......また、行くのね。」
「あぁ、今回アクシデントがあってな。ダンジョンに行くことがあったんだ。」
「......いけたの?」
「......あぁ、絶好調とは言えなかったがな。」
「そう......アクシデントとはいえ、ダンジョンに行けたのね。」
「泣くか漏らすかしそうだったけどな。」
レギさんがニカッと笑うが、デリータさんは眉をひそめた。
「この店がダンジョンになってもレギは呼ばないわ。」
「はは!それが賢明だ!」
レギさんとデリータさんの軽口は続く。
俺とレギさんは街に戻ってダンジョンに挑むための準備を進めていた。
とりあえず依頼の報告をしにギルドに行き、俺は下級冒険者になった。
食料や薬、道具に関しては手配済み、レギさんは武器を鍛冶屋に預け整備中。
俺の武器も整備してもらおうと思ったが、必要ないと突き返されてしまった。
シャルが言うには魔力によって保護されているので整備はほとんど必要ないのだという。
まぁ壊れにくいだけだから刃こぼれとかしないわけじゃないらしいけど。
そして今レギさんは前のダンジョンで使い果たしてしまったらしい魔道具をデリータさんの店に買いに来ていた。
「後は、筋力強化の魔道具と暗視、毒治療、痛覚鈍化辺りの魔道具も頼む。」
「レギ、あなたそんな多くの魔道具使えるの?」
「やっぱ厳しいか......?」
「同時に発動させなかったとしても四個はあなたじゃ無理よ。魔力をからっぽにするわけにはいかないでしょ?」
「まぁ、ダンジョンの中でそれは不味いわな。」
考え込んだレギさんがちらっと俺の方を見る。
「痛覚鈍化と暗視を外すか......毒治療は万が一の為に用意しておきたいからな......。」
「毒治療はケイに持ってもらえば?彼も行くんでしょ?」
「あぁ、手伝ってもらう事になっている。」
「彼は魔力が多いから身体強化と毒治療を渡しておけばいいんじゃないかしら?身体強化をレギと彼自身にかけたとしても余裕だと思うわよ。」
「......ケイにかけてもらう......なるほど、その手があったか......よし、さっき頼んだ奴は全部頼む。他に何かおすすめはあるか?」
「ケイがいるなら、飲料水を作る魔道具を使ってもらえば荷物を減らせるわね。他は......。」
レギさんとデリータさんは必要な魔道具を二人で洗い出している。
そういえばグルフに預けてる魔道具で使えそうなのあるかな......?
なんか後回しにしちゃって調べてないんだよね。
もしレギさんが使えるような奴があったら渡すのもいいかな?
明日森にレギさんを誘ってみよう。
「実家から持ってきた魔道具か、そういえばグルフに荷物を預けてあるって言ってたな。」
「はい、レギさんが使えるような奴があったら是非お譲りしたいなと。」
翌日、俺とレギさんは森の広場に来ていた。
グルフに預かってもらっている魔道具を見に来たというのもあるのだが、レギさんも何か森に用事があるようだった。
「いや、流石にもらうわけにはいかねぇよ。余所でそういうことは言うなよ?」
「それは流石に大丈夫です。」
「まぁ、それはそうだな。とりあえず見せてもらってから使えそうなやつは借りさせてもらうか。」
「分かりました。」
「まぁ俺はあんまり魔力が多くないからな。そっちはあまり期待できないかもしれないが、ちょっと確認したいことがあるんだが......。」
「なんでしょうか?」
「にーちゃんの使う魔法、回復魔法は俺にかけることが出来たよな?」
「えぇ、レギさんの怪我の治療に使いましたね。」
「あぁ、それでな?身体強化の魔法ってのも俺にかけたり出来るのか?」
「......試したことはないですね......でも、出来ると思います。」
「なるほど......魔道具での身体強化は持続時間も一瞬で回数制限もあるからな......奥の手って感じでしか使えないんだが、にーちゃんの身体強化の魔法はそういう感じじゃないよな?」
「えぇ、常にかけ続ける感じですね。僕が切らない限りは効果は持続します。」
「俺とにーちゃんに同時にかけるってのは出来るか?」
「......試してみます。」
「頼むわ、今回俺が森に来たかった理由はこれでな......。」
なるほど、身体強化魔法を試したかったのか......。
俺は軽く魔力を込めて自分に身体強化魔法をかける。
続けてレギさんに身体強化魔法をかけてみる......うん、問題なくかけられるな。
「なんだこれ......?これがにーちゃんの身体強化魔法......?」
「えぇ、今二人にそれぞれかけてみました。何かおかしかったですか?」
「......何かって言うか......何もかもおかしいぞ?」
「え?大丈夫ですか!?すぐ切りますね!」
「いや、待ってくれ!このままでいい!」
魔法の効果を切ろうとしたらレギさんが慌てて俺を止める。
「えっと、大丈夫ですか?」
とりあえず魔法の効果は切らずにレギさんの様子を伺う。
「あぁ、なんかめちゃくちゃよく見えるし、耳が、音が凄い鮮明に聞こえる。ってよく見たら森の暗がりも普通に見えるぞ?」
「あぁ、視力強化と聴力強化もされていますし、暗視効果もつけてます。感覚、反応、思考速度、筋力、敏捷あたりを一通り強化してますよ。」
「なんじゃそりゃ......欲張りすぎだろ......。魔術と似たような効果なのかと思ったら全然違うものだな......。」
「魔法を使う時に込める魔力の量によって効果の強さは変わります。うっかり込めすぎると、ビッグボアの時みたいなことになりますね......。」
「あぁ、あれは失敗だったのか。」
「ちょっと気合入れすぎました。」
「俺に込めるときは、気合は抜き目で頼むぜ......?」
少しレギさんが引き気味になっている。
「最近は慣れて来たんで大丈夫ですよ?」
「いや、あれから一週間も立ってねぇよ。強化魔法かけてもらうのやめとこうかな......。」
「大丈夫ですよー。万が一魔力込めすぎても体も同様に頑丈になってるので!」
「......あぁ、そういえばビッグボアとぶつかった時も怪我一つなかったな......ってそういう問題じゃねぇよ!」
「まぁまぁ、あれは魔力を多く込めたのも問題ですけど力いっぱい飛び出したのも問題だったので、体を使いこなせば問題ないですよ。一応その為の思考速度、反応速度強化でもありますので。」
「なるほどな......少し体動かしてみていいか?」
「えぇ、とりあえず程度の魔力なのでそこまで違和感なく動けると思いますよ。僕が普段使ってるレベルはいきなりやると動くのが難しいと思うので、徐々に魔力量を増やしていきましょう。」
「おう、暫く付き合ってくれや!」
「了解です!」
レギさんが身体強化魔法を受けた状態での慣らし運転を始めた。
少ししたらみんなで鬼ごっこだな。
......しまった、ファラもつれてきてあげるべきだったか......。
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