独り

阿宮菜穂み

独り

 頭が痛い


 動くとガンガンする。

 気付くと私は、天井を仰ぐように寝ていた。長い間寝ていたせいか、目を開けようとすると目ヤニが溜まっていて一苦労した。

 やっとのことで目を開けると、白いカーテンから明るい光が私を夢から現実へと引っ張り出す。疲労のせいか、起き上がろうとしても起き上がれず、諦めて布団にくるまる。もう一度眠りにつこうとしたが、陽の光で完全に目が覚めてしまっていたので寝るのは止めた。

 しかし、起き上がることはできないため小一時間ほどベットでゴロゴロしようと思って、ぼーっとしていたらまた頭がズキンと痛んだ。

 あまりの痛さに、体の疲労なんて忘れて起き上がって頭を擦った。


 昨日なにしたっけ?


 私は頭の中の膨大な記憶の糸の中から、昨日の記憶を手探りで探す。

 その記憶の糸の中には、高校2年生の時に両親が事故で他界したことや、それから学校を辞め生活費を稼ぐためにバイトを掛け持ちしてきた辛い記憶もあった。

 そういえば、

 昨日はたまたまバイトがトリプルブッキングして、帰りは憔悴しきって……あれ?私どうやって帰ったんだっけ?

 記憶の糸が途中で途切れた。頭の中で疑問が広がる。

 まっ、いっか。

 私は寝起きだったので難しいことを考えたく無いだけだった。

 気づいたら、頭の痛みも治まっており体の疲労も随分楽になった。ふと時計を見ると、朝の7時半を指していた。私はいつも、バイトが7時半から始まるので少し焦ったが、よくよく考えると今日は久しぶりの休みだったことに気づき、ほっとした。

 頭では理解出来ても体はまだ理解していないらしく、まだ心臓がバクンバクンと早鐘を打っていた。

 休みなのでまだ寝たいが、もう寝る体力も無いらしい。気晴らしにカーテンを開けると、ベランダにとまっていた雀たちが一斉に飛び立った。

 太陽の光を存分に受け、体に朝を知らせる。

 ふと外に目を向けると、なにやら騒がしかった。

 嘘、まだ7時半なのに。

 そこには20人くらいの人が大勢集まっていた。

 何事かと思ったが、あいにく私は野次馬魂などと言うものは欠片ももっていない面倒臭がり家だったので、気にしないことにした。


 それからは実にダラダラと過ごした。

 テレビを観たり、本を読んだり、携帯をいじくったりと、ホントにつまらないことをして時間を潰した。


 テレビからおこる笑い声で私は目覚めた。どうやらソファーで寝てしまっていたらしい。

 少し寝たせいか、体が火照って怠かった。

 テレビでは平日の昼過ぎによくある、バラエティ番組の再放送かなんかがあっていて、司会の人のボケにゲスト共々笑っているところだった。

 なにもするのことが無く、それをただ観ていたらふと朝の人集りのことを思い出した。

 なんだったんだろう?

 私は面倒臭がり家だが、気になったことはトコトン突き詰める面倒臭い人間だったので、気になり出したら止まらなかった。

 さっと、寝癖が付いた髪を櫛でとき、コートを羽織った。そして玄関から出る前に、もう一度玄関にある鏡で髪をセットする。

 鏡の横にはいくつかの写真が張ってあり、それは高校の頃の友達が遊びに来てくれたときに撮ったもので、私にとって唯一楽しい時間の1つだった。

 大学で楽しんでいるかなあ。

 私の中で心配と羨ましい気持ちがぶつかっていた。

 私はそのまま家を出た。


 外はとても寒かった。

 木枯らしが吹きつけ、冬ももう本番なのだということを思い知らされる。

 家から、人集りがあった場所まではほんの200メートルくらいである。私は散歩気分で歩いて行く。

 あと少しのところで、赤白帽を被った小学生とすれ違った。その小学生は真冬だというのに、半袖半ズボンで歩いている。観ているこっちが寒くなりそうだったが、自分もこんなことをしていた記憶があったので、他人には言えないなぁと苦笑した。


 目的地に着くと、朝のような人集りがあった場所とは思えない程になにも無いところだった。

 ただ、白いチョークで何かを書いた跡があるので事故だと私は思った。

 推測だけだとどうとでも言えるので、その辺の人に何があったのかを訊いてみようと思ったら、ちょうど家とは逆の方向から四十路を過ぎているであろう主婦2人が世間話をしながらこちらに歩いて来た。

 あのー。すみません

 主婦たちは、こちらに気づかず歩き続けている。私はもう少し声を張り上げて言った。

 スミマセン。お話伺っていいですか?

 主婦たちは、こちらを見向きもせず去って行った。私は今まで無視をされたことなど無かったので、何が起こっているのかわからなかった。

 しかし、少しずつ状況を読み込めてくると腹が立ってきた。

 それと同時に雨が振り出し、土砂降りになった。私はもちろん傘などは持ってきてないので、走って帰った。横殴りの雨で前を見るのもやっとであった。


 帰り着いたときには、服がびしょびしょだった。風邪をひいてしまうと困るので、すぐに風呂を溜めて入った。

 指先でお湯の温度を確かめながら、湯舟に浸かった。お湯はいつもより熱かったが、今日はそれがちょうど良く、体の芯まで温めて疲れをとってくれているかのようだった。

 風呂に入ったことで気持ちが晴れ晴れとして、朝の人集りのことも、無視されたことも、綺麗に洗い流されてしまった。

 その後は適当に料理を作り、満腹になったところでソファーに横になった。

 

 ちょっと食べ過ぎたかな


 お腹を擦りながら言った。食べ過ぎたせいか、胃が膨れて肋骨の間にこんもりとした小さな丘が出来ていたからだ。

 満腹の状態で横になると、睡魔が私を襲ってきた。それに私は抵抗しなかったため、睡魔が静かに私を深い眠りに誘った。


 ガチャ

 玄関のドアが開く音で私は目覚めた。気づくともう朝であった。

 私は一瞬恐怖に支配されたが、近所の酔っぱらいのおっさんが間違って入ってくることはよくあるので、今はそうだろうと納得した。

 あれ?でも、昨日ちゃんと鍵閉めた…はず…まあ、多分閉め忘れだろう

 昨日の夕食の洗ってない食器がそのまま置いてあるテーブルの前を通って、玄関に出た。

 すると、そこに居たのは酔っぱらいのおっさんではなかった。

 

 玄関には大家のおじさんと、警察官が2人居た。

 私は驚いて絶句したが、すぐに言葉を絞り出した。

 すみません。何の用ですか?かってに家に入って…

 私は喋ってる途中で、相手に私の声が届いていないことに気付いた。

 無視しないで下さい!

 昨日の怒りがまたこみ上げてきた。しかし、もちろんこれも相手には伝わっていない。

 大家さんと警官は3人で何やら話している。

 「ここで間違いないですね?」

 警官が大家さんに尋ねる。大家さんは首肯し、「はい。間違い無いです。」と答えた。

 警官は周りを見回して、私の写真を見つけて凝視して言った。

 「かわいそうに…」

 は?どういうことだ?なんで私はこんな何も知らない警官に同情されなきゃいけない?

 ズキン

 頭に衝撃が走る。昨日の朝と同じところが痛んだ。

 そんな私を尻目に、家の中に入ってくる。そして、たまった汚れた食器を見て言った。

 「こないだまで、生きてたのにな…。人間いつ死ぬかわからないものだなあ」

 と言って手を合わせ出した。

 ズキン!

 今までで、1番強い痛みが頭を駆け回った。

 

 ――思い出した――


 あの日の記憶の糸が、いろんな情報からまた糸が1つに繋がった。その糸を今度はちぎらないように、ゆっくりとそして正確に手繰り寄せた。

 あの日私は、バイトを終えて帰る途中で倒れて、そしてそこに車が…。


 ――そっか、私死んだんだ――


 


 時は刻一刻と過ぎて行く

 時計は一分一秒と確実に時を進める

 ときに現実はフィクションより残酷で

 「独り」だった「私」はそのせいで自身の死に気づかず、更に「独り」になった

 不幸は不幸を喰らって大きくなる

 もしかしたら、気付いていないだけで「あなた」も…。

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独り 阿宮菜穂み @AmiyaNaomi0322

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