8 日焼け痕



風が冷たい。





隣を歩く孝介先輩は、呪文のようにブツブツと英単語を唱えている。

あまりに禍々しいその姿は、まるで怪しい宗教に引っ掛かった人のよう。

一ヶ月ほど幻覚を見続けた私がそんなことを思う資格など何処にもないのだけれど。



「あの…やっぱり大変な時期だったでしょうし、付き合って貰ってしまってすみません……。」



11月中旬。

いよいよ高校三年生が受験を間近に控えているこの時期、私と孝介先輩は自宅から離れた他府県の墓地まで来ていた。

目的はもちろん、理玖先輩のお墓参りである。




「俺がついていくって言ったんだし謝らないでよ。またななみちゃんの妄想で殺されるのは勘弁だしね。」


「その節は本当に申し訳ありません。失礼極まりないことを…。」


「だぁーもう冗談だって!」




あの日、理玖先輩が私の目の前から消えたあの後。

美術室で泣き崩れていた私を見つけてくれたのは孝介先輩だった。

私はその後しばらく入院し、つい先日からようやく登校することができるようになった。


私は無意識に理玖先輩の死を孝介先輩の死と思い込もうとしたのだ。

いくら意図的でないとしても、人として最低なことをしたのは疑う余地がない。


「それだけななみちゃんが理玖のことを好きだったってことでしょ。ね?」


だとしても、一方的な片思いを拗らせて亡くなった先輩の幻覚を見るだなんて気持ち悪い執着である。





__なんで俺に執着してくれているのかは知らないが__




私が見たのがただの妄想の世界なら、あの言葉は自覚出来ていなかった自身の深層心理の表れだったのだろうか。




「理玖先輩にも孝介先輩にも、最低なことをしました。謝るから何だって話ですけど、本当に申し訳ありませんでした。」




墓地の真ん中。

歩みを止めて、孝介先輩に頭を下げる。

孝介先輩が優しいからこうして今も一緒に居てくれるだけで、本当は合わせる顔なんてないのだ。

殴られても蹴られても文句などない。




「ななみちゃん。」



孝介先輩の手が私の頭を撫でる。




「ななみちゃんは幻覚の理玖を見たって言うけど、その理玖が結果的にななみちゃんを救ってくれたんじゃないの?

だったらそれは、ななみちゃんが理玖と過ごした時間の中で、理玖から受け取ってきた優しさなんじゃないかな。」




あの美術室で、理玖先輩に言われた言葉を思い出す。

私が作ったニセモノの世界の理玖先輩は、私を突き放すような態度を取っていた。




__俺が、何だ。



先輩は私にその先を促した。

答えなかった私に、失望の色を見せた。

私が現実を見るように、導いてくれようとしたのかもしれない。


都合の良い解釈にも感じるが、理玖先輩ならそういう選択をしてくれる気がする。

不器用だけど、優しい人だから。





「…私、理玖先輩が好きです。今も。」




伝えられなかった言葉があった。

その後悔が、私に歪んだ世界を生ませた。


もし直接伝えられていたなら、理玖先輩はどうしただろう。

その固い表情に、少しでも変化があっただろうか。

それとも私が気がつかなかっただけで、理玖先輩は私の気持ちを察していたのだろうか。

見てみたかった

今となっては女々しい望みだ。



「人に好きになってもらって、嫌な人なんてきっといないよ。」



いくら意地悪な理玖だとしてもね。


そう言って明るく孝介先輩が笑った。





"ありがとう"




木枯しにのって、理玖先輩の声も聞こえた気がした。


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