6 ぐるぐる

 


理玖先輩から半ば強制的に休部を言い渡されて一週間が経とうとしていた。


あの日以来、美術室には一度も行っていない。

うちの学校では二年生で美術の授業は履修しないし、そもそも美術室は空き教室ばかりがある旧校舎に位置している。部活に行かないならば近付く機会もなかった。


当然、理玖先輩ともこの一週間は会っていない。


あの時は理玖先輩に冷たい態度をとられたことがショックで、コンクールを理由に突っかかったが、実際のところはアイディアも浮かんでこなければ絵を描く気力もない。


もともと私は活発的な性格ではない。

能天気に毎日楽しい日々を過ごしていたわけでもない。

それでも、孝介先輩が居なくなったあの日からこの一ヶ月。

明らかに私の心は蝕まれている。

どこかまだ夢心地で、地に足がついていない感覚がある。

自分の今の気持ちを、きっと今の私では言葉で表すことが出来ないだろう。


理玖先輩は私に休むべきだと言ってくれた。

その通りなのかもしれない。

何も考えずにこのまま日常に流されていれば、いつかこのぐるぐるした気持ちの底が見えるのかもしれない。

心のどこかで、そんなことを期待している。



鐘の音とともに四限目の授業が終わる。


そそくさと開きもしなかった地理の教科書を仕舞って、お弁当箱を開ける。

今朝はバタバタしたからだろうか。

お弁当の中身が右に寄っている。









「あ……豊永さん…。」


購買帰りだろうか。

紙パックのカフェオレとシナモンロールを手に持ったクラスメートの女の子が、遠慮がちに私に声をかける。

名前こそ分かるものの、ほとんど話したことのない子だ。


「あっち…豊永さんのこと呼んでる人が居たよ。」


教室の戸口に視線を投げながらその子が言った。

生憎、扉の近くで騒いでいる男子のせいでハッキリと姿は見えないが、見覚えのある背格好が私の視界に入る。

突如、私は強烈な胸騒ぎを覚えた。


「あ、ホント?あ、ありがと…。」


周囲の人に動揺を悟られないよう、表情を引き締めて戸口へと進む。



足が震える。

呼吸が浅くなる。

行きたくない。

会いたくない。



何故?



私の問いかけに私は答えない。

その代わり。

これが本能というものなのかと、冷静に自分を分析している自分がいる。


私と目が合うと、その人は軽く手を上げた。

どこか寂しそうに、そしてそれを隠すように笑顔を作っている。



「ごめんね。押しかけるようなことしちゃって…。」



言葉の通り、申し訳なさそうな表情で私に謝る。



「美術部のセンセーにさぁ、ここ最近ななみちゃんのこと見てないって聞いて。ちょっと心配になっちゃってさ。」



空気が重くならないように気を遣ってか、苦笑いを浮かべて頬を掻く。

その優しさも、スラリとした長身も、明るい声も。

私の"呼び方"だって。




「孝介先輩……」


私は教室を飛び出していた。







__多分好きだったんだと思う。亡くなった美術部の先輩さんのこと。


いつかの噂話が耳の奥にこだます。

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