5 未完成トライアングル
「ひどいよ孝介。」
__そういうのは漫画やドラマだけの話だと思っていたけれど。
以前一度だけ、所謂"修羅場"という現場を目撃したことがある。
私にとって最悪だったのは、目撃した場所は美術室で、渦中の人物が知り合いの孝介先輩だったことだ。
ただ、目撃と言っても正確には美術室の中から聞こえてくる声を盗み聞きのような形で聞いてしまったという状況だったのだが。
「最低。」
女の人の声が聞こえたかと思えば、がらっと勢いよく扉が開く。
部屋から出てきたロングヘアの女の先輩は、扉の前で立ち往生していた私を一瞥したが、何も言わずにそのまま去っていった。
「お前ホントさ、こーゆートラブルはその辺で解決してこいっての。美術室まで持ち込んでくるんじゃねぇ。」
部屋の中から理玖先輩の声もしたので驚く。
てっきり、孝介先輩とさっきの女の人の二人しかいないと思っていたから。
「ごめんってば。俺だって出来ればそうしたかったんだけどさ。」
孝介先輩はモテる。
すぐに彼女が変わるとか、後輩の子と付き合っているとか、そういう噂を今までに何度も耳にしたことがある。
でも、少なくとも私が見た孝介先輩はとても優しくて温かい人だから、女の子に対して酷いことをする人には思えなかった。
理玖先輩も孝介先輩も、廊下にいる私の存在に気づいている様子はない。
それを良いことに、私は好奇心に負けて盗み聞きを続ける。
「仕方ないじゃん。あの子、理玖狙いだったみたいだし。」
その言葉に、私はひどく腹が立った。
勿論孝介先輩に対しての怒りなんかじゃない。
今日初めて知った、あの女の人に対する怒りだ。
「俺らの学年では噂になってんじゃん。ガードの固い理玖が後輩の女の子と仲良しだって。」
おそらく理玖先輩のであろうため息が廊下まで聞こえた。
「まぁ良かったよ。ななみちゃん居なくて。」
いつもよりいくらか低い声色で、孝介先輩が言った。
理玖先輩の反応は私からは分からない。
「理玖はぶっちゃけどうなの?ななみちゃんのこと。実はもう惚れてたりする?」
孝介先輩の言葉の後に、チッと舌打ちが聞こえた。
恐らくそれも理玖先輩のものだろう。
「くだらない」と言い放つ理玖先輩。
私はその場で、ぎゅっと自分の手を握りしめた。
「俺は人間関係に器用じゃないし、アイツにはお前みたいな上辺が優しい奴の方が合ってんじゃねーの。」
はは、と孝介先輩が笑った。
「上辺って余計じゃん。俺は優しいよ。」
「知らなかったな。」
この日二人のやり取りを聞きながら、私は無性に泣きたくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます