3 腫れ物少女
ぼんやりと夏空を眺めていた。
真下のグラウンドでは、体操服姿の生徒達が整列している。
そろそろか、と教室の時計に目を移すより早く、終業を告げる鐘が校内に鳴り響く。
この高校の生徒がひとり減って始まった二学期は、早くも倦怠期に突入している。
私を含めたほとんどの生徒は、学校自体が倦怠の対象な気もするけど。
長期休暇中は、不思議と『そろそろ学校始まらないかな』なんて気になってくるものだが、結局は"ないものねだり"なわけで。
午前中の大半を布団で過ごし、3日に1度だけ部活のため学校に出ていくあの生活が既に恋しくなっている。
教壇に立つ先生の「今日はここまで。」を合図に、生徒たちが一斉に動き出す。
部活だ塾だバイトだと慌ただしく教室を出ていくクラスメートを片目に、特に時間に追われていない私はのんびりと片付けを始めた。
授業開始から一文字も書き足されなかった哀れなノートを閉じて、乱雑に鞄に放り込む。
ファスナーで閉ざされたままの筆箱も同様に。
全く不真面目な生徒がいるものだ。
「豊永。」
先ほどまで教壇で数学の授業を行なっていた白髪の先生が私の名を呼ぶ。
授業を聞いていなかったお咎めがくるぞ。
そう予想したが、先生の表情は怒っているというよりは戸惑っているといった様子だ。
「その、なんだ。色々と辛いだろう…。無理はしないようにな。」
何が、とはハッキリ言わないけれども、先生が言いたいことは明白である。
私の反応を探るようなぎこちない視線が腹立たしい。
大丈夫ですと言ってその場をすり抜けた。
先生が一瞬、呼び止めようとする素振りを見せたが目を瞑る。
そのまま足早に教室を去ろうとしたが、その前に今度は廊下側一番前の席のクラスメートに声をかけられた。
さっきまでの私と先生とのやり取りを見ていたのか、いなかったのか。
「何。」
音にした自身の声にはトゲがある。
八つ当たりのように冷たい態度で立ち止まる私は理不尽で嫌な奴だろう。
自分でも、気を遣ってくれている回りの人たちの何が不満なのか分からない。
ただ、孝介先輩が亡くなってからのこの日常がやけに重たい。
心にあるのは、寂しさよりも虚しさ。
「あの…ななみ。大丈夫…?私に出来ることなんて話を聞くくらいだけど…頼ってね…。」
おどおどと彷徨う彼女の視線。
私の態度に、心中では声を掛けたことを後悔しているのかもしれない。
「……ごめん…。」
差し出してくれた手を振り払う私の言葉に、彼女は顔を曇らせた。
しかし次の瞬間には儚い笑顔を浮かべ、「分かった」と呟いて私から離れていく。
その背中を見送らずに、今度こそ私は教室を出た。
「…可哀想だよね、ななみも。」
「多分、好きだったんだと思う。......先輩のこと。」
彼女たちの噂話が、私の耳に聞こえたはずはない。
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