第4話 デート前半

 そして、いよいよやって来たデート当日。結局、想定シチュエーションを30個は頭の中で作ってしまった。もちろん、それに当てはまらないパターンが来たらどうしようもないが。


 鏡の前で身だしなみチェック。うん。まあ、寛子ひろこの事だから、そこまで神経質に気にしないだろうけど、無難なところだろう。


「行って来まーす」

「はい。行ってらっしゃい」


 母さんに挨拶を交わして、家を出る。寛子との待ち合わせは、最寄り駅の駅前で、ここからは徒歩15分程だ。10月は、暑くもなく寒くもないのでとても過ごしやすい。そして、見事に晴れ。デート日和だ。


(今日こそ決めるぞ!)


 そう考えながら、駅に向かって歩く。今日はプラネタリウムを見た後は、近くのうどん屋で昼食。その後、あいつの好きな書店巡りに付き合って、というところか。その後は、時間次第だが、ゲーセンかボウリング辺りを考えている。他に卓球なんかもあるのだが、寛子は鈍くさい方で、運動が苦手な方だからナシだ。


 あいつとデートをする時は、いつもこんな感じで、最初どこに行って、次にどこに行って、寛子の反応次第では……という風に色々シミュレーションしてしまう。慎重と言えば聞こえがいいが、想定外に弱いとも言える。


 そんな風に、今日のデートについて考えていると、待ち合わせ場所の駅前に着くのはあっという間だった。我ながらどうかと思うのだが、寛子とデートする時は、いつも1時間前に目的地に着いている。万が一遅れたら、という事を考えてしまうのだ。そして、今は午前9:30。待ち合わせの10:30まではきっちり1時間ある。


 スマホでゲームでもして時間を潰すか。そう思って、よくやるパズルゲーを起動して、ぽちぽちとプレイしていると、ふと、


「ひょっとして、慎ちゃん?」


 覚えがある声が聞こえた。慌てて振り向くと、そこには、少し短めのふんわりとした桃色のワンピを着た少女が居た。


「お、おっす。おはよう、寛子」


 待ち合わせまで、まだまだ時間があるのにこいつが来た事に動揺してしまう俺。それに、下が少し短めの桃色ワンピというのは、なんだか俺の好みにとても突き刺さる。


「服、似合ってるぞ。その桃色ワンピ、ひょっとして……」

「うん。デートのために、って買っておいたの」


 少し恥ずかしそうに答える寛子は可愛さ抜群で、参ってしまいそうになる。


「ありがとな。それ、めっちゃ好みだ」

「そうだと思ってた」


 くすりと笑われる。デートでの反応から、服の好みまで把握されていたとは。


「でも、なんで1時間前に来てるんだよ。早すぎだろ」

「それを言うなら、慎ちゃんもだと思うんだけど?」

「そうだな。お互い様ってことで」

「……ひょっとして、慎ちゃん、いつも1時間前に来てた?」


 様子をうかがうようにして聞いてくる。伊達に付き合いが短くないので、こういうふとした所から見抜かれてしまうことがよくある。


「ご明答。でも、気にするなよ。俺が勝手にしたくてやってる事だからな」

「うん。わかってる。でも、そんなに楽しみにしてくれてたなんて、嬉しい」

「そりゃ、お前みたいな可愛い女の子とデートするのは楽しいに決まってるだろ」


 寛子とデートするようになってから、こんな言葉もさらりと言えるようになった。


「お世辞でも嬉しいよ」

「お世辞じゃないって。ほんと可愛いから」

「慎ちゃん、いつの間にか、そういう事ぽんぽん言えるようになったね」

「俺は学習する男だからな」


 ふっと笑ってボケてみるものの。


「うん。慎ちゃんは、何でも一生懸命取り組むもんね。凄いと思う」


 なんて、どこか羨ましそうに、マジで肯定されてしまう。調子狂うなあ。


「とりあえず、先に駅移動するか」

「そうだね。あっちの方が色々ありそうだし」


 プラネタリウムのある駅は、複数の路線が交差する比較的大きな駅で、駅前には小規模な店がぽつぽつとだけあるこっちの駅と違い、色々ある。


 電車で数駅移動するだけで、目的地に到着。休日なのでそこそこ混んでいる。


「どうっすっかな。プラネタリウムまで1時間だから、長居はできないけど」

「じゃあさ、お茶でもしない?」

「よし。そうするか」


 有名コーヒーチェーン店に入って、俺はアイスレモンティーを、寛子はソイラテという代物を頼んでいた。


「そのソイラテって奴、美味いのか?」

「うーん、まあまあ。でも、豆乳が結構美味しいんだよ」

「ソイって大豆の事だけど、豆乳の意味だったのか」

「ソイラテって結構有名なんだけど……」

「俺がそういうの疎いって知ってるだろ」

「でも、綴りから意味を推測するところは、やっぱり凄いね」

「そんなところ褒められてもな」


 ソイ=soy=大豆だから、豆乳との関連を連想することは難しくないだろう。


「それを一瞬で連想できる人は多くないと思うな」

「そうかね……ところで、執筆は順調か?」


 これ以上続けても、また褒め殺しにされると思ったので、話題を変える。こいつは今、ライトノベルの新人賞に向けて作品を密かに執筆している。


「うーん。結構、難しいね。文学コンクールとは全然趣旨が違うし」

「ラノベはキャラ立てが第一って言われるからなあ」


 一般文芸とは少しカテゴリが違うんだろう。


「そうそう。コンクールに出す作品を長くしても、絶対落選するよ」

「ちなみに、どういう作品なんだ?」

「秘密」


 この話になると、こいつはいつもそうだ。


「ま、気持ちはわかるけどな」

「わかるの?」

「俺も、試しに『小説家になれば』で作品書いてみたんだ」


 『小説家になれば』(略してなれば)は、ネット小説を投稿するためのプラットフォームで、投稿されているものは玉石混交だが、そこから出版に至った作家も数多くいる。


「慎ちゃんが、意外。なれば小説なんて、とか言ってたのに」

「それはともかく。俺の書いたの、お前に見せてって言われたら絶対に断るしな」


 作品には自分の経験や人に対する見方が反映されてしまうので、知人にそれを見せるのは、心の中を覗かれるような気がしてしまう。


「見せて?」

「だから、断るって言っただろ」

「それにしても、なんでネット小説を書く気になったの?」

「お前の気持ちを少し理解してみたかったんだ」


 小説を書くという事がどういうことなのか、書く時にどういう気持ちになるのか、少し理解してみたかった。ただ、それだけ。


「それで、いきなり書き始めるなんて、慎ちゃんはやっぱり凄いね」

「別にWebサイトから登録して、書いてみるだけだろ?」

「そういうことじゃなくて……人の目とか気にならないんだなって」


 その質問の意味がよくわからなくて、少し困惑してしまう。


「別にプロじゃないし、失うものもないだろ?」


 思ったよりも多くの人に読んでもらえたのは嬉しい誤算だったが。

 それでも、書きたいと思ったら書き始めればいいだけなのではないだろうか。


「……慎ちゃん、作家向いてると思うよ。本格的に目指してみたら?」


 冗談半分、本気半分、といった感じでそんなことを言われてしまった。

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