第2話 放課後の一幕

 放課後になった。寛子ひろこの奴もそろそろホームルームが終わったかな、と考えつつ、メッセージを送ろうとした所。


【慎ちゃん、ホームルーム終わった?一緒に帰らない?】


 とのお誘い。ちょうどいい。


【さっき終わったとこ。校門の前でいいか?】

【うん。それじゃ、また後で】


 簡潔なやり取りだけして、下校の準備をする。今日は部活がないので、直帰だ。


「慎ちゃん、昼休みに教室行ったら居なかったんだけど、どこ行ってたの?」


 帰り際の道すがら、そんな事を聞いてくる。しまった。誘いに来てたのか。


「あー、陽介ようすけとちょっとな。色々」

「ふーん。根粒菌こんりゅうきんの実験の話?」


 根粒菌というのは、マメ科植物の根っこに共生している細菌で、植物に不可欠な窒素を供給する代わりに、植物からは光合成で生成された栄養が供給されることで共生関係が成立している。俺と陽介は、二人で生物部内に根粒菌こんりゅうきん班を立ち上げて、根粒菌に関しての研究をしている。


 こいつは、なぜだか昔から理系の話に強くて、普通の女子が聞いたらつまらないで流しそうな、実験の話を興味深そうに聞いている。


「ああ。まあ、そんなところ」


 まさか、お前に告白するための言葉を相談していましたとは言えず、誤魔化す。


「慎ちゃんは凄いよね。根粒菌の話も、未だに解明されていないメカニズムの一部を明らかにしたって、全国の研究大会で発表してたし。地元の新聞にも載ってたよ」


 少し興奮気味にまくし立てる寛子。俺の話をする時、いつもまるで我が事のように褒め称えてくれる。それが嬉しくて、少しむず痒い。


「ありがとうな。でも、所詮、高校生のお遊びだって。大学で研究する程の話じゃないから、俺たちでも新しい発見が出来るだけでさ」


 さすがに、中学・高校と研究を続けていれば、ちゃんとした大人の研究に比べればおままごとレベルな事は自覚している。


「慎ちゃんは自己評価低すぎ。もっと誇っていいんだよ?」

「適正な評価って奴だって。それ言うなら、お前の方が自己評価低すぎなんだよ」

「私は、それこそ適正な評価だと思うけど」

「高校の文芸コンクールで最優秀賞なんて取っておいて、よく言えるな」


 こいつは文芸部に所属している。そして、去年書いた小説をコンクールに応募して、見事、最優秀賞を受賞したのだった。


「あんなの、まぐれ当たりだよ。駄文がたまたま高評価されただけ」


 これが謙遜ならいいのだが、こいつは本気で言っているから性質が悪い。


 高校の文芸コンクールがどんなものか知らないが、最優秀賞を取ったという事は、それこそ数百、数千の中から選ばれたわけで、駄文なんてことは無いはず。それに、受賞作である『尾瀬おぜの夏』を俺も読んだことがある。湿地帯を含めた尾瀬の風景が見事に再現されている素晴らしい小説だった。


 と、そうだ。本題を忘れるところだった。デートの話をしないと。


「ところでさ、週末デートに行かないか?」

「デート?うん、行く行く!」


 二つ返事で乗ってくる寛子。、か。まあ、確かに、ここまで積極的に飛びついてくるのならそうなのかもしれない。


「誘っといてなんだけど、ノープランなんだ。どっか行きたいところあるか?」


 結局、昼休みから今まで考えていたけど、決定打が思い浮かばなかった。なら、こいつの行きたいところに合わせるのも一手かもしれない。


「慎ちゃんは行きたいところないの?」

「いや、特にないっていうか、お前の行きたいところ聞いてるんだが」

「私も特にないかな。慎ちゃんの行きたいところでいいよ」


 そして、こんな返事もいつものこと。昔からの付き合いの俺にさえ、自分の希望を遠慮して、相手の希望を尊重しようとする。そんな所がこいつにはあった。


 とはいえ、結局、さんざん考えたが、思い浮かばなかったのだ。どうしたものか、と悩み始めたところ、ふと、頭の中に昔の映像が思い浮かんだ。確か、あれはプラネタリウムの。これは、ありかもしれない。


「プラネタリウムとかどうだ?天文の話ならどっちでも楽しめるだろ?」

「プラネタリウム、いいかも。ちょっと懐かしいな」


 ひょっとして、俺が今思い出した光景をこいつも覚えていたのだろうか。


「じゃあ、とりあえずプラネタリウムな。後は、喫茶店とか、適当に行くか」

「うんうん。楽しみ!」


 今にも飛び上がりそうにはしゃいでいる寛子の様子を見ると少し微笑ましくなってくる。しかし、今度のデートでは告白をするのだ。きちんと、告白に向けてムードを盛り上げる事を意識しないと。


◇◇◇◇


 その夜、俺は告白のシチュエーションを色々考えていた。というか、書き出していた。これをもし見られたら、キモいとか思われそうだ。


その1:夕焼けの公園で


「そのさ、いきなり公園に連れてきたんだけどさ、ちょっと話があるんだ」

「話?」

「ああ。寛子。ずっと好きだった。彼女になって欲しい」


うーん。シチュエーションは悪くないが、流れがちょっと唐突過ぎるか。


その2:夕焼けの公園で(その2)


「今日、デート楽しかったよ。ありがとな」

「うん。私も楽しかった」

「それでさ、ちょっと話があるんだ。ずっと話したかった事が」

「う、うん……」

「寛子。お前の事が好きだ。これからずっと側に居て欲しい」


 その1よりムードはある気がする。でも、「ずっと側に居て欲しい」

ってのは曖昧だし、何より、その2は自然な流れで公園に行くことになるのが前提だ。その1より少し難易度が高い気がする。


その3:帰り際、人気の無い路地で


「なんか、デートしてると、あっという間に時間過ぎていくよな」

「うん。もう、19時?って思っちゃう」

「そうそう。それでさ、実は前から話したかったことがあるんだ」

「う、うん……」

「寛子、好きだ。お前の事を離したくない。彼女になってくれ」


 その1とその2より情熱的な感じだろうか。万が一、寛子にその気がなかったら、「キモッ」と思われそうだ。


 その後も、色々な想定シチュエーションを書いて、気がつけば寝る前までに、その20くらいまでシチュエーションを書き出してしまった。我ながら少しどうかと思う。しかし、あるいは、これ次第で寛子と付き合えるかどうかの分かれ目になるかもしれないと思うと、つい、色々考えてしまうのだ。


 因果いんがな性分だ、と思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る