初恋

 突然大雨が降りだした。折り畳みは持っていたが、これでは後ろのリュックがびしょ濡れになってしまう。帰り道の途中にある、図書館で雨宿りをすることにした。入り口のところで、折り畳みを閉まっていると、そこへ同じ学校の制服を着た女の子が突っ込んで来た。彼女は傘を持っていない。突然の雨だったから、無いのだろう。それでここまで走ってきたのか。

「あ、ごめんなさい」

 彼女は僕に謝ると、自分と同じ学校の制服を着ているのに気づき、「あっ」と声を漏らした。

「君も同じ高校なんだね。何年生?」

 一年生と答えると「私の方が一つ上だね」と威張りながら言った。

 彼女の名前は、白石しらいし蜜葉みつはと言った。僕の名前は、樋口ひぐち雪近ゆきちかだと言った。

「どんな字書くの?」

「降る『雪』に『近』いと書いて、『雪近』」

「へえ、なるほど。私は、『白石』はそのままで、蜂蜜の『蜜』に葉っぱの『葉』」

 これにどう返せばいいか分からない。一応、ふーんで返したが、ほかにどんなのがあるか分からなかった。

「中に入ろっか、ユキくん」

「!」

『ユキくん』。初めて呼ばれたそのあだ名に戸惑とまどってしまった。呼ばれたことが無かった今まで。男三人兄弟の末っ子の僕だが、両親や二人の兄たちからは、名前で呼ばれていた。もちろん、クラスの人たちからも名前で呼ばれていた。人からつけられたあだ名で呼ばれるのは慣れなかった。しかも、女子から。母以外の女性と接したことは極力ないので、女子に対する免疫というものがない。どう接すればいいか、分からない。いきなり目の前に現れた女子に困惑した。

「ねぇ、早く早く!」

 白石さんにせかかされ、慌てて中に入った。


 ち、近い。

 白石さんと横隣で座ったが、彼女は椅子を動かし、僕の椅子に接近した。その近さに僕の心拍数は急激に上がった。緊張モードが、さらに一段階上がった。

 彼女の提案で、僕の宿題を教えてもらうことにした。彼女は、学年でも上位の成績らしい。宿題用のノートをリュックから取り出した。そして、数学を教えてもらった。彼女の教えはゆっくりで、丁寧ったが、距離が近すぎてあまり集中が出来なかった。

 宿題が終わった。気がつくと、雨が止んでいたので、帰ることにした。白石さんは図書館にもう少しいるそうだ。

「じゃあ、また明日、学校でね!」

 僕は、小さく手を振った。そして、彼女に背を向け、歩いた。

 胸がほのかに熱くなっていた。

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雨宿り──短編集 桜野 叶う @kanacarp

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