捌
テンはそもそも、人形遣いだった。
西洋人形に日本人形、ぬいぐるみなども関係なく、人形であるならなんでも自在に操り、自力で動けるようにもすることができた。
ただ、彼らは本来、意思なき人形。
動くことはできても喋ることはできず、独りだったテンはずっと、話し相手に飢えていた。
テンと出会い、力を与える時、彼に訊かれた。
──人形に意思を宿せるような、そんな力はないものか?
あるとしたら、是非この娘に自分の意思を、と見せてきたのが、わりと小柄なテンの腰くらいの大きさがある球体間接人形──もとい、ムホだった。
そんなこと一度もしたことがなければ、他の『作家』ができた、という話も聞いたことがなく、それでもどうにかできないかと土下座までされた為、仕方なくやってみたら……できてしまった。
思い付く限りのことを手当たり次第にやったもんだから、同じことをやれと言われても二度とできない。
自力で動くのはもちろんのこと、よく喋り、表情を変え、普通の少女と何一つ遜色がないようで、わりとすぐに手が出やすく、口も悪かったりするが、何だかんだで公私共に彼を支える彼女。
テンが読み上げ、ムホが力を行使する。
異様な組み合わせの『作品』は、結果、望んでもないのにどの『作品』よりも強い力を宿してしまった、と。
◆◆◆
動かないムホを抱き締めているテンを、しばらくぼんやりと眺めていた。
俺も俺ですぐには動けない身体だったので、少しは休んでいたかったのだ。
──しかし状況は、俺達が長いことそうしているのを許してくれるほど、優しいものではなかった。
『そこで騒いでる輩に告ぐ!』
どこからか拡声器を使って、何者かが叫び始めた。
『どうせどこぞの「作品」だろう! こんなに辺り一面めったくそに破壊して! 住民の迷惑、というか、こんな時間に呼び出される我々が迷惑なんだぞ!』
声の出所を探そうとして、足首と腰に鋭い痛みを感じた。
「……っ!」
急な痛みにしゃがみたくなったが、そんなこととてもできそうにないので、瓦礫を掴む手に力を込めるだけに留める。
相手の姿を確認するような余裕が、今の自分にないことは嫌でも分かった。
それに、(とっくに避難してここらにいないかもしれないが)近隣住民に迷惑なほどに叫ぶ、そいつの正体すらも。
俺達は、のんびりしすぎてしまったようだ。
『我々は、自警団「白樺」!』
『この街の平和を独自に護る、正義の代理団体!』
『危険思考の危険住民は、捕縛の後、徹底的に更正させる!』
『無駄な抵抗はしない方が、自分の為だ!』
『──五体満足で、死にたいだろう?』
声からして、それなりの数が来ているようだった。
あぁ……最悪だ。
その日一番の重い溜め息を一つして、俺はテン達のいる方へと視線を向ける。
「『──ブックマーク、限定解除』」
全部解除するとまた暴れまわるので、自分の意思で動いたり話したりできる程度に解除しておく。……ただ、そうしても勝手に全部解除されているから、あんまり意味はなかったりするが。
「……ん」
「ムホ!」
起動したムホを見て、涙だけでなく鼻水まで流し始めるテン。
ぼんやりとテンの顔を眺めながら、次第に自分の状況が分かったのだろう。
「何抱きついてんだよ! 人前で気色悪いっ!」
「ぐがっ!」
テンの右頬を、拳で思いっきり殴り付けた。
「……酷い! やっぱりムホは酷いんだぁ! この人でなしぃ!」
「無理無理無理ほんと無理、顔近付けんなよ、汚いもんが付くだろうが!」
テンの腕から逃れようとムホはもがくが、離れたくないらしい彼はそれを全力で拒む。
「だって! ムホが全然動かなくなるからぁ……」
「……あ?」
そんな彼の言葉に、彼女は動きを止めた。
「……あてが、動かなくなった?」
「そうだよ! 織田先生に止められちゃったんだよ、それで、それで……!」
織田先生も酷いぃ、なんて泣き叫び始めるテン。
これがまた、けっこうな大声で。
『まさかとは思うが、この場に織田作之助がいるのか!』
……テン。
余計なことを。
『織田作之助といえば、この街の第一級危険住人の一人!』
『ついに沈黙を破ったか!』
『一羽か、それとも三羽揃ったか!』
『どちらでも構うまい!』
『まずはその羽、毟らせてもらう!』
「……あれ、『白樺』か?」
「さっきそう名乗ってたよ」
「来てるなんて聞いてない」
「寝てたもんね」
「呑気にしてる場合か!」
「だっ……!」
また右頬を殴られ、酷いぃと言いながら右手で頬を擦るテン。
そんな彼に構わず、緩んだテンの拘束からするりと抜け出て、ムホは俺の元まで駆け寄ってくる。
「先生! 悪い、あてとこの馬鹿のせいで厄介なことに巻き込んじまって! この場はどうにかするから、先生は逃げてくれ!」
「何言ってんのムホ!」
慌ててムホの後を追い掛けてきたテンが、焦った様子で彼女を説得しようとした。
「僕らだけじゃ無理だって……。先生にもいてもら」
「馬鹿がほざけ! それで先生が捕まることになったらどうする!」
彼の鼓膜を気にせず怒鳴りつけると、ポケットから可愛らしいハンカチを取り出して、乱暴に彼の目元を拭いながら一気に捲し立てる。
「先生は『白樺』の敵で、あいつらは先生が自分達の知りたい情報を持ってると思ってんだ、捕まったりすれば、尋問……いや、あいつらのことだ、拷問でもして聞き出そうとするはずで、それでもし、先生が死ぬようなことになったら──先生の今の『作品』全てが能力を失うことになんだぞ!」
「……!」
結局、『作品』とは、『作者』から力の一部を借りているだけなのだ。
貸していた『作者』が死んでしまえば、その瞬間に全ての力が『作者』の元へと戻っていく。
力を失った元『作品』は、同じ力を欲するなら、次に現れる同じ『作者』に頼むしかないが──テンとムホにだけは、それは適応されない。
「そんな……」
この世の終わり、みたいな顔をして俯くテン。
『作品』としての力を失うことになってしまえば、ムホは二度と、話すことも、表情を変えることもできなくなってしまう。
そのやり方を理解できないまま、ムホが意思を持ってしまったから。
──下手を打てば、いつかの孤独な日々が、戻ってきてしまう。
「そんなの……絶対に……嫌だ……!」
テンの一重の瞳に、怒りの色が宿る。
「僕が間違ってたよ、ムホ。そうだね、僕ら二人でどうにかできるよね!」
「その意気だ、やってやろうぜ!」
見つめ合い、頷く二人。
……何を盛り上がってるんだか。
溜め息、だと聴こえないかもしれないから、咳払いを一つ。
「待ってください、二人はただ俺に協力してくれればいいですよ」
へ? と揃ってキョトンとする二人に、俺は続ける。
「あの人達と今、派手に騒ぐわけにはいかないんです。ここは闘わずに、どうにかして逃げましょう」
「逃げるって……」
「ムホ」
一気に不満げな顔をした彼女に、すかさず言った。
「俺は俺の全ての『作品』に言ってるんですよ、今は大人しくしていてくれと」
当然知ってますよね? と一段低めた声で問えば、ほんのり怯えた様子で頷くムホ。そんな彼女を心配してか、自分の方へ抱き寄せようと、テンが手を伸ばしていたが、すげなく振り払われてしまった。
悪い、先生──と、罰の悪そうな声で謝られたので頷き、
「三人で無事に逃げきる、それだけを考えましょう」
頭の中で、この場に適した力を探す。
なるべく危害は加えない方向で、安全に、穏便に……。
探している間にテンに肩を貸してもらいながら、掴まっていた瓦礫の後ろに身を隠しつつ、ムホに相手の様子を教えてもらう。
「今の所『白樺』とは、目視がギリ可能なくらい離れてるけど、三人くらいこっちに近寄ってきてる。瓦礫で散らかって足場が悪いのと、こっちの出方を見てるのか、ちょいちょい立ち止まりながらだから動きは鈍い。真ん中の奴が拡声器持ってて、横の二人は手ぶら。そいつらが来た方向に真っ白な車が二台止まってて、そこに立つ人影が……二人か三人だな」
「やっぱり、あっちのが数が多いぃ……」
怯えるテンをムホが叩く。肩を借りてるので衝撃がこちらにも伝わる。
──散々騒いでいたことだし、おおよその位置なんぞ相手も分かっているはずで。
「目眩ましに煙、あるいは霧でも出すべきでしょうか。それとも、逃走用に馬か車を出すべきか……」
「どっ」
「黙れ」
急かそうとしたテンを、ムホが秒速で止める。
また同じ衝撃がくるが、そんなことよりも逃走方法だ。
「…………」
「せん、せい……」
「……っ」
黙り込む俺を、テンが不安げに見つめ、ムホの表情にも焦りが滲む。
「……………………よし」
ようやく決めて、二人に作戦の内容を告げると、テンは安堵したように、ムホは力強く、それぞれ頷いてくれた。
テンに肩を借りながら、瓦礫の後ろから出る。
それなりに距離はあるものの、こちらに向かってきている三人の内、拡声器を持った団員と目が合った気がした。
「では、いきますよ!」
いつものように読み上げようとして──けれど、できなかった。
誰かに先を越されたようだ。
「『──■■■■、■■■■■■■■』」
どこからともなく紡がれる、美しき物語。
変化はすぐに、現れる。
「どうし……なっ!」
予期せぬ光景に戸惑う内に、気付けば、口に何かを押し付けられて──。
「「先生!」」
「──お疲れ様です、おやすみなさい」
その言葉を最後に、俺の意識は途絶えた。
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