テンはそもそも、人形遣いだった。


 西洋人形に日本人形、ぬいぐるみなども関係なく、人形であるならなんでも自在に操り、自力で動けるようにもすることができた。

 ただ、彼らは本来、意思なき人形。

 動くことはできても喋ることはできず、独りだったテンはずっと、話し相手に飢えていた。

 テンと出会い、力を与える時、彼に訊かれた。

 ──人形に意思を宿せるような、そんな力はないものか?

 あるとしたら、是非この娘に自分の意思を、と見せてきたのが、わりと小柄なテンの腰くらいの大きさがある球体間接人形──もとい、ムホだった。

 そんなこと一度もしたことがなければ、他の『作家』ができた、という話も聞いたことがなく、それでもどうにかできないかと土下座までされた為、仕方なくやってみたら……できてしまった。

 思い付く限りのことを手当たり次第にやったもんだから、同じことをやれと言われても二度とできない。

 自力で動くのはもちろんのこと、よく喋り、表情を変え、普通の少女と何一つ遜色がないようで、わりとすぐに手が出やすく、口も悪かったりするが、何だかんだで公私共に彼を支える彼女。


 テンが読み上げ、ムホが力を行使する。


 異様な組み合わせの『作品』は、結果、望んでもないのにどの『作品』よりも強い力を宿してしまった、と。


◆◆◆


 動かないムホを抱き締めているテンを、しばらくぼんやりと眺めていた。

 俺も俺ですぐには動けない身体だったので、少しは休んでいたかったのだ。

 ──しかし状況は、俺達が長いことそうしているのを許してくれるほど、優しいものではなかった。


『そこで騒いでる輩に告ぐ!』


 どこからか拡声器を使って、何者かが叫び始めた。


『どうせどこぞの「作品」だろう! こんなに辺り一面めったくそに破壊して! 住民の迷惑、というか、こんな時間に呼び出される我々が迷惑なんだぞ!』


 声の出所を探そうとして、足首と腰に鋭い痛みを感じた。

「……っ!」

 急な痛みにしゃがみたくなったが、そんなこととてもできそうにないので、瓦礫を掴む手に力を込めるだけに留める。

 相手の姿を確認するような余裕が、今の自分にないことは嫌でも分かった。

 それに、(とっくに避難してここらにいないかもしれないが)近隣住民に迷惑なほどに叫ぶ、そいつの正体すらも。

 俺達は、のんびりしすぎてしまったようだ。


『我々は、自警団「白樺」!』

『この街の平和を独自に護る、正義の代理団体!』

『危険思考の危険住民は、捕縛の後、徹底的に更正させる!』

『無駄な抵抗はしない方が、自分の為だ!』

『──五体満足で、死にたいだろう?』


 声からして、それなりの数が来ているようだった。

 あぁ……最悪だ。

 その日一番の重い溜め息を一つして、俺はテン達のいる方へと視線を向ける。

「『──ブックマーク、限定解除』」

 全部解除するとまた暴れまわるので、自分の意思で動いたり話したりできる程度に解除しておく。……ただ、そうしても勝手に全部解除されているから、あんまり意味はなかったりするが。

「……ん」

「ムホ!」

 起動したムホを見て、涙だけでなく鼻水まで流し始めるテン。

 ぼんやりとテンの顔を眺めながら、次第に自分の状況が分かったのだろう。

「何抱きついてんだよ! 人前で気色悪いっ!」

「ぐがっ!」

 テンの右頬を、拳で思いっきり殴り付けた。

「……酷い! やっぱりムホは酷いんだぁ! この人でなしぃ!」

「無理無理無理ほんと無理、顔近付けんなよ、汚いもんが付くだろうが!」

 テンの腕から逃れようとムホはもがくが、離れたくないらしい彼はそれを全力で拒む。

「だって! ムホが全然動かなくなるからぁ……」

「……あ?」

 そんな彼の言葉に、彼女は動きを止めた。

「……あてが、動かなくなった?」

「そうだよ! 織田先生に止められちゃったんだよ、それで、それで……!」

 織田先生も酷いぃ、なんて泣き叫び始めるテン。

 これがまた、けっこうな大声で。


『まさかとは思うが、この場に織田作之助がいるのか!』


 ……テン。

 余計なことを。


『織田作之助といえば、この街の第一級危険住人の一人!』

『ついに沈黙を破ったか!』

『一羽か、それとも三羽揃ったか!』

『どちらでも構うまい!』

『まずはその羽、毟らせてもらう!』


「……あれ、『白樺』か?」

「さっきそう名乗ってたよ」

「来てるなんて聞いてない」

「寝てたもんね」

「呑気にしてる場合か!」

「だっ……!」

 また右頬を殴られ、酷いぃと言いながら右手で頬を擦るテン。

 そんな彼に構わず、緩んだテンの拘束からするりと抜け出て、ムホは俺の元まで駆け寄ってくる。

「先生! 悪い、あてとこの馬鹿のせいで厄介なことに巻き込んじまって! この場はどうにかするから、先生は逃げてくれ!」

「何言ってんのムホ!」

 慌ててムホの後を追い掛けてきたテンが、焦った様子で彼女を説得しようとした。

「僕らだけじゃ無理だって……。先生にもいてもら」

「馬鹿がほざけ! それで先生が捕まることになったらどうする!」

 彼の鼓膜を気にせず怒鳴りつけると、ポケットから可愛らしいハンカチを取り出して、乱暴に彼の目元を拭いながら一気に捲し立てる。

「先生は『白樺』の敵で、あいつらは先生が自分達の知りたい情報を持ってると思ってんだ、捕まったりすれば、尋問……いや、あいつらのことだ、拷問でもして聞き出そうとするはずで、それでもし、先生が死ぬようなことになったら──先生の今の『作品』全てが能力を失うことになんだぞ!」

「……!」

 結局、『作品』とは、『作者』から力の一部を借りているだけなのだ。

 貸していた『作者』が死んでしまえば、その瞬間に全ての力が『作者』の元へと戻っていく。

 力を失った元『作品』は、同じ力を欲するなら、次に現れる同じ『作者』に頼むしかないが──テンとムホにだけは、それは適応されない。

「そんな……」

 この世の終わり、みたいな顔をして俯くテン。

『作品』としての力を失うことになってしまえば、ムホは二度と、話すことも、表情を変えることもできなくなってしまう。

 そのやり方を理解できないまま、ムホが意思を持ってしまったから。

 ──下手を打てば、いつかの孤独な日々が、戻ってきてしまう。

「そんなの……絶対に……嫌だ……!」

 テンの一重の瞳に、怒りの色が宿る。

「僕が間違ってたよ、ムホ。そうだね、僕ら二人でどうにかできるよね!」

「その意気だ、やってやろうぜ!」

 見つめ合い、頷く二人。

 ……何を盛り上がってるんだか。

 溜め息、だと聴こえないかもしれないから、咳払いを一つ。

「待ってください、二人はただ俺に協力してくれればいいですよ」

 へ? と揃ってキョトンとする二人に、俺は続ける。

「あの人達と今、派手に騒ぐわけにはいかないんです。ここは闘わずに、どうにかして逃げましょう」

「逃げるって……」

「ムホ」

 一気に不満げな顔をした彼女に、すかさず言った。

「俺は俺の全ての『作品』に言ってるんですよ、今は大人しくしていてくれと」

 当然知ってますよね? と一段低めた声で問えば、ほんのり怯えた様子で頷くムホ。そんな彼女を心配してか、自分の方へ抱き寄せようと、テンが手を伸ばしていたが、すげなく振り払われてしまった。

 悪い、先生──と、罰の悪そうな声で謝られたので頷き、

「三人で無事に逃げきる、それだけを考えましょう」

 頭の中で、この場に適した力を探す。

 なるべく危害は加えない方向で、安全に、穏便に……。

 探している間にテンに肩を貸してもらいながら、掴まっていた瓦礫の後ろに身を隠しつつ、ムホに相手の様子を教えてもらう。

「今の所『白樺』とは、目視がギリ可能なくらい離れてるけど、三人くらいこっちに近寄ってきてる。瓦礫で散らかって足場が悪いのと、こっちの出方を見てるのか、ちょいちょい立ち止まりながらだから動きは鈍い。真ん中の奴が拡声器持ってて、横の二人は手ぶら。そいつらが来た方向に真っ白な車が二台止まってて、そこに立つ人影が……二人か三人だな」

「やっぱり、あっちのが数が多いぃ……」

 怯えるテンをムホが叩く。肩を借りてるので衝撃がこちらにも伝わる。

 ──散々騒いでいたことだし、おおよその位置なんぞ相手も分かっているはずで。

「目眩ましに煙、あるいは霧でも出すべきでしょうか。それとも、逃走用に馬か車を出すべきか……」

「どっ」

「黙れ」

 急かそうとしたテンを、ムホが秒速で止める。

 また同じ衝撃がくるが、そんなことよりも逃走方法だ。

「…………」

「せん、せい……」

「……っ」

 黙り込む俺を、テンが不安げに見つめ、ムホの表情にも焦りが滲む。

「……………………よし」

 ようやく決めて、二人に作戦の内容を告げると、テンは安堵したように、ムホは力強く、それぞれ頷いてくれた。

 テンに肩を借りながら、瓦礫の後ろから出る。

 それなりに距離はあるものの、こちらに向かってきている三人の内、拡声器を持った団員と目が合った気がした。

「では、いきますよ!」

 いつものように読み上げようとして──けれど、できなかった。

 誰かに先を越されたようだ。


「『──■■■■、■■■■■■■■』」


 どこからともなく紡がれる、美しき物語。

 変化はすぐに、現れる。

「どうし……なっ!」

 予期せぬ光景に戸惑う内に、気付けば、口に何かを押し付けられて──。

「「先生!」」

「──お疲れ様です、おやすみなさい」

 その言葉を最後に、俺の意識は途絶えた。

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