天衣無縫


 テンの場合はバルと違い、一人での力の行使はできない。

 彼ともう一人、『彼女』がいて初めて、その力を行使できる。

 彼女の名前はムホ。

 公私関係なくテンを支える、彼曰く大切な女の子──だそうだが、いらんことを言って家出されることがよくあり、そのたびに電話され、泣きつかれ、探すのを手伝っている。

 痴話喧嘩に巻き込まれるのは正直面倒だが、放っておくわけにもいかない。

 ぶちギレたら、何をするか分からないから。

 ……環境破壊兵器というのも、あながち間違いではない。本人には絶対に言えないが。


◆◆◆


「酷いんですよぉ!」

「……え?」

 あれから、テンがいるという街の西側まで車を走らせ、二人が最後に別れたという、やけに土管がたくさん置かれた広場まで来た時、テンは俺の顔を見るなり駆け寄ってきて、開口一番にそう叫んだ。

「そりゃー僕も酷いこと言っちゃいましたよ? でもやっぱり、ムホだって酷いです! 確かに、貸したお金をきっちり回収しないと僕達生活できませんけど、他からきちんと回収できてるんですから、少なくたって別にいいじゃないですかぁ!」

 鼻頭に乗っかる黒縁眼鏡が涙で水滴塗れになってしまっているが、それでも、レンズの向こうに見える一重には、不安と共にほんのりと、怒りが宿っている。

 ヘタレ気味でお人好し、そんなテンの職業は、何故か高利の金貸しだ。

「つまり……債務者の返済額が少なかったにも関わらず、今月はそれで良いと認めてしまったが為に、ムホを怒らせてしまったんですか?」

 俺がそう言うと、テンは見るからに狼狽えだした。

「だ、だって大変じゃないですか。旦那さんに先立たれて、小さいお子さん三人も抱えて、せっかくのお給金を借金返済に使っちゃったら、親子四人どうやって生活したらいいんですかぁ!」

「……それ、ムホにも同じこと言ったんですか?」

「え、はい」

 その質問に何の意味があるのかと、本気で分からないという顔で俺を見てくるテン。

 俺は思わず、頭を抱えた。

「嘘だと思いますよ、それ」

「えぇっ!」

 何故そこまで驚く。

「……空架が機能し始めた当初、何かしら特異な力がありそうな者は幼子でも容赦なく送られてきましたが、あれから技術も進歩したんです、力があるかどうか、簡単に調べられるようになりました」

「……はい、それできちんと調べ直して、何の力もない人にはお金をいくらか渡した上で外に出したりして、人口が少し減ったんですよね?」

 それによって空き家、空きビル問題が浮上するわけだが、今は於いといて。

「この街に住んでいるということは、その人にも何かしら力があるんでしょうし、この街の住人から生まれた子供にも、親と似た力、あるいは違う力を宿していることがあります」

 ただ──。

「小さなお子さん、と言ったんですよね?」

「は、はい……」

 彼の返事に俺は溜め息をついた。

「何故、そこに疑問を持たないんですか。この空架で、ただの子供が暮らせるわけないでしょう」

 テンは、あっとでも言いたげに手を口元にやった。


 空架で生まれた子供、それに外から送られてきた子供も、フェンスができた当初は同じように街で暮らしていたが、特異な力を持つ者とそうでない者とで区別がつくようになると、街の南の方、フェンス二枚隔てた場所に養護施設を建て、一般的に義務教育を終える歳になるまではそこで育てられることになった。

 フェンスができた当初、数多の犯罪が街の至る所で行われていた。

 窃盗も暴行も、殺人だって当たり前。──その被害者の中に子供が含まれていても、何もおかしくはなかった。

 そんな時代があったこの空架で、子供を生み育てることは難しいとされ、施設が建てられてから、住民から生まれた子供は力の有無関係なく、生後間もなく親から引き離され、外から送られてきた子供も、義務教育の途中の年齢であれば、施設に送られる決まりとなった。

 一応、厳しい制約があるものの、親子での面会が許されており、住民の子供に何かしら力があれば退所後に親元に返され、何の力も発現することがなければ、それなりの金を持たされて余所の土地へと送られる。


 基本的に、義務教育を受けている子供、つまり十五歳以下の子供が、空架の中で普通に暮らすことは叶わない。


「それなのに、小さなお子さん三人と一緒に暮らしてる、借金で苦労している女性なんていたら、とても目立つと思うのですが、俺はそんな話一度も聞いたことがないんですよ」

「……僕もです」

 小さく弱々しい肯定に、俺はまた溜め息をつき、そのまま車を停めている所に向かって歩き出す。

「せ、せんせい」

「ムホはきっと、その女性の元にいるんじゃないですか? 残りのお金を取り立てに」

「あっ」

 だから何故そんな意外そうな声を出すのか。

 話の流れ的にそうなるじゃないか。

「俺はその女性の居所が分かりません。ひとまず、可能ならその女性の自宅に案内してもらえますか?」

「……っ!」


 わ、分かりましたと、後ろから駆けてくる音が聴こえてきた。

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