数多の罪によって秩序のなくなった街、空架。

 歴史上最悪の犯罪都市として名を残すはずだったが、とある男が放り込まれたことで、それは食い止められた。


 その男が使う特異な力は、街の誰よりも特異なものであったから。

 

 それまで力を発現させてきた者達は、何もない空間から水や火を生み出したり、雨を降らせ空を晴れにしたり、他人の心を読んだり他人を思いのままに動かしたりなど、多種多様な力を振るってきた。

 その際に、何らかのアクション、文言など必要だったろうが、どれも一分あれば足りるような短いものが大半だ。

 けれど男は、とある作家が書いた作品の文章を読み上げている間しか、力が発動しない。

 多少の不便さはあるものの、それを我慢できるだけの便利さがあった。

 宿せる力は、一人一つのみ。──しかし男は、同じ作家が書いた違う作品の文章を読み上げることで、いくつもの力を使うことができた上に、力の制限が課される土地にいながら、威力が弱くなるとか、不発だったとか、そういったことが一切起こらず、常に全力の力を出すことができ、その力でもって、暴漢共を蹴散らしていったようだ。


 そのとある作家、というのが、小説の神様とも呼ばれる有名な文豪──志賀直哉。

 仲の良い友人と共に作った雑誌が元で白樺派と呼ばれていた派閥に属し、数多の作家に様々な影響を与えた人物。

 生存中はもちろん、死しても尚、その影響は続く。

 空架に現れ、秩序を正していったその男こそ、最初の『作者』であり、最初の志賀直哉だった。


 男の特殊さはそれだけに留まらず、他の者達に一つずつ、いや一作ずつ、自分の力を授けることもでき、同じく制限が課されることはなかったので、そういう者達を増やしていき、暴徒鎮圧、治安向上に尽力していった。

 こうして『作者』と『作品』の関係ができあがる。

 時間が経つにつれて違う『作者』も現れるが、不思議と志賀直哉と同じ白樺派の文豪ばかりで、他の派閥の『作者』は現れず、それならと立ち上げたのが、自警団『白樺』。彼らに敵う者はなく、空架内の治安維持組織として、その活躍は今日まで続いている。

 自警団の設立から数十年が経ち、それなりに治安が良くなってきた頃、最初の志賀直哉にも寿命がきて、間もなく息を引き取った。

 トップがいなくなり、誰がその後を継ぐかで話し合っている最中──街の外から双子の子供が送られてきた。

 片方に妙な力がある、とのことで。

 フェンスができた当初は、特異な力があるかもしれない、という感じで、その確証もないのに送り込まれることもあった。たとえそれが、幼子であろうとも関係なく。

 双子の片方がそうなのだから、もう片方もそうだろうと決めつけて、両方送られてきたらしい。

 事実、確かに片方には特異な力があった。──最初の志賀直哉と同じ、彼の文豪の作品を読み上げることで、何かしらの現象を引き起こせるという力が。

 結局、その子供が次の白樺のトップになった。

 たとえ『作者』が亡くなろうと、すぐに、あるいは時間を於いて、次の『作者』が現れる。幼子であろうと、青少年であろうと、関係なく。

 志賀直哉になった幼子は、それはそれは大切にされたそうで。


 残ったもう片方、何の力もない、とばっちりで来させられた幼子は──。


「……ん」

 黒電話の音が鳴る。

 夜の海を眺めながら、スマホを取り出して操作する。

 またバルだろうか? 先程の文句か、新たな厄介事か。

「はい、織田です」

『……せん、せい』

 バルじゃない。男の声だ。

「テン?」

 そいつの名前を口にすると、相手は急に泣き出した。

『どうしましょう先生! あいつが! ムホがまたいなくなっちゃったんですよぉ!』

「今度は何をやらかしたんです?」

 テンもまた、バルと同じく俺の『作品』だ。

『……つい、そんなつもりなかったんですけど……』

 何か酷いことを言ったらしい。

『ぼ、僕、どうしたらいいんでしょう。あんな環境破壊兵器、野放しにして』

 そういう所が気に障るんじゃないかと思うが、言うだけ無駄だろう。

 俺は溜め息を一つ零して、テンに言った。

「で、どの辺りでいなくなったんですか?」

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