第12話

4月13日

 ウェーク島北北西150カイリ


 スプルーアンスが指示を下すと、オマハは最大戦速で突き進み、レキシントンと赤城型の間に割って入った。


 近いのは赤城型で、距離は6000(約5400メートル)ヤードしかない。状況を考えれば目の前だ。

 砲撃戦で二隻の速度は落ちていたとはいえ、二隻の間に突入するのは容易なことではなかった。

 オマハの乗員はよくやってくれた。


 スプルーアンスは状況を確認すると、静かに命令を下した。


「煙幕展開。視界を遮る」


 命令は即座に実施され、オマハの煙突付近から黒煙があがる。


 それはたちまち広がって、中部太平洋の青い空に伸びる。


 オマハが勢いに乗って赤城型を追い越すと、砲声が弱まった。戦場を覆っていた轟音は空気に吸い込まれるようにして消えていく。


 うまくいった。

 煙幕のおかげで、赤城型は攻撃を控えている。

 これで流れは変わる。


 スプルーアンスが後方を確認すると、オマハのみならず、その後方につづく駆逐艦ワスマス、ゼインも煙幕を展開していた。


 黒煙はかなり濃く、測距は困難なはずだ。


「今は逃げ切るしかない」


 スプルーアンスは、日本航空隊が姿を見せた段階で勝利はないと判断していた。


 航空攻撃の効果は未知数であるが、攻撃に対して回避行動は取らざるをえず、測距に大きな影響が出ることは明らかだ。

 陣形も大きく乱れるはずで、下手をすれば単艦での戦いを余儀なくされる。

 日本艦隊はその隙を突いて攻撃すればいいわけで、情勢は確実に不利になる。


 ペンサコラや駆逐艦が打撃を受けると、予想は確信に変わった。

 長く戦場に留まれば被害が拡大するだけであり、先のことを考えれば、早々に退却するべきだった。


 すぐさまスプルーアンスは敵の駆逐艦を追い払い、部隊の再編に取りかかった。


 ソルトレイクシティが航空攻撃を受けた時には、ギリギリまで接近して、機銃攻撃を敢行、回避行動を支援した。


 レキシントンの危機に気づいたのは、ようやく退却の道筋を見えた時だった。

 明らかに押されており、直撃は時間の問題だった。

 サラトガに次いで、レキシントンも損害を受ければ、太平洋の軍事バランスは大きく崩れる。

 ウェーク島を保持するためにも、レキシントンの喪失は何があっても避けねばならなかった。

 スプルーアンスはハルゼーに発光信号で自分の意志を知らせると、赤城型とレキシントンの間に割って入り、煙幕を張った。


 無茶は承知であったが、ここはどうしても実行する必要があった。


 スプルーアンスは、レキシントンを見る。


 煙幕で、敵だけでなく、味方からの砲撃も不可能となった。

 その意味をハルゼーは正しく理解するだろう。

 世間では単なる猛将のように言われるが、一方で冷静に戦況を分析する知識もある。部下の判断を受けいれる度量もあり、何をするべきかきちんと見抜く実力を有している。


 スプルーアンスが注意を向けている間に、レキシントンは面舵を切った。砲撃をやめて、戦場から離脱する意志を見せる。


「さすがだな」


 スプルーアンスは素直に感心する。


 レキシントンは離脱すべく進路を変えたが、その先には傷ついたサラトガが航走していた。

 周囲に味方はなく、駆逐艦が接近してきたらかわしようがない。

 ハルゼーはサラトガを助けて、共に戦場を離れるつもりだ。

 なかなかできることではなく、冷静な判断は素晴らしい。


 スプルーアンスが右舷海域を見回すと、レキシントンの離脱にあわせて、軽巡や駆逐艦がいっせいに煙幕を展開しはじめた。


 うまくやれば、上空からの攻撃も回避できる。


 日本航空部隊も、それほど数をそろえているとは思えない。ここをしのげば、チャンスは出てくる。

 後は……。


 スプルーアンスが視線を転じるより早く、オマハの左舷前方に水柱があがった。

 三本で、きれいに縦に並んでいる。


 天城級からの砲撃だ。


 水柱の大きさから見て、主砲ではなく副砲だろう。

 オマハを叩いて、少しでも煙幕を薄めようと考えている。

 まだ攻撃をあきらめていないあたりは、見事な敢闘精神である。

 

 スプルーアンスは、進路の修正を命じる。

 対潜警戒航法のアレンジであり、少しでも照準を外す工夫である。


 まずは、無事、生き残る。それが最優先だ。


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