第11話


 4月13日

 ウェーク島北北西150カイリ


 ハルゼーは顔をしかめながら吠えた。


「サラトガはどうか!」


「炎上中! 損害は不明」


「不明なことがあるか。戦闘ができるのかと訊いている」


「主砲、副砲ともに沈黙。機銃の攻撃が確認できるだけです」


 若い士官は悲痛な声をあげる。先刻までの笑みは完全に消え失せていた。


「くそっ。まさか、こんなことになるとはな」


 ハルゼーは舌を打つ。胸の苦味が抑えきれない。

 状況は有利であったはずだが……。


「ここで飛行隊とはな」


 敵航空部隊の登場で、戦局は一変した。

 TF21は空母部隊を随伴しておらず、上空を守る戦闘機はいない。

 観測機では日本の戦闘機を追い払うことはできず、彼らは一方的に攻撃を受ける展開となった。


 すでにペンサコラと駆逐艦ゼインが雷撃で戦闘不能となり、ソルトレイクシティ、ミルウォーキー、トレヴァー、シカードも至近弾で損傷した。


 レキシントンですら魚雷が右舷に迫り、あわや命中ということまで追いつめられた。


 TF21が混乱する間に、日本艦隊は態勢を立て直し、改めて砲撃戦を挑んできた。


 とりわけ二番艦は距離を詰め、サラトガとの同航戦に挑み、直撃弾を与えた。


 ハルゼーが視線を向けると、炎をあげる同形艦の姿が飛び込んできた。


 損害は煙突と三番砲塔基部周辺がひどい。

 火の塊が地獄と直結したかのように噴きだし、船体を焼いている。

 黒煙は、さながら黒煙をたいているかのように上部構造物の大半を覆い隠している。

 傾いた船体がダメージの大きさを感じさせる。


 わずか三発の直撃で、戦闘不能に陥るとは。いささか脆すぎるが、これはやむを得ないところもある。


「ここへ来て、装甲の薄さが災いしたか」


 レキシントン級は、天城型のみならず、イギリスの巡洋戦艦に比べても装甲が薄く、16インチ砲の攻撃に耐えられないことは戦前から明らかにされていた。


 建造時、レキシントン級に求められていたのは大型巡洋艦としての役割であり、16インチ砲装備の戦艦とわたりあうことは想定していなかった。

 仮想敵は日本の金剛型であり、それならば、この装甲でも十分だった。

 赤城型の存在が確認されてからも、海軍上層部は優速と手数の多さで圧倒すればよく、正面からの砲撃戦はありえないと考えていた。


 そんな都合のよい話があるかとハルゼーは抗議したのであるが、受けいれられることはなく、実際、今回の戦争でも軽巡部隊を圧倒していており、性能は十分に足りているという判断が下されていた。


 それがいかに甘かったか、知った時には遅すぎた。


 サラトガの傷は深い。

 もう一度、直撃があれば、轟沈までありうる。


「それは許さん」


 目の前で旗艦を沈められてたまるか。

 まだ、こちらは至近弾を浴びただけで、致命的なダメージはない。


「取舵10! 敵一番艦に接近しろ!」


 ハルゼーが絶叫すると、4万3500トンの船体は、大きく船体を傾けながら、敵二番艦に迫る。

 二番艦の赤城級もレキシントンの接近を知って、進路を微妙に修正していた。


「同航戦に持ち込むつもりか。おもしろい」


 まともな撃ち合いならば、こちらが不利だ。


 だが、ヒットアンドウェイで的を絞らせず、手数を生かして攻めれば、主導権を握ることはできる。

 ここで退いてたまるか。


 敵艦との距離が1万ヤード(約9100メートル)に達したところで、射撃指揮所から測距完了との報告が来た。


「撃て!」


 間を置かず、レキシントンの主砲がうなる。

 その砲声が消えるよりも早く、上空から風切り音が響いて、右舷に水柱があがった。


 四本である。

 赤城型からの砲撃だ。


 後部の四門で全力攻撃をかけている。

 ちまちま弾着を修正するつもりはなく、最初から決着をつけるつもりでいる。

 ハルゼーは笑う。


「そうでなくてはな」


 小手先の戦いなど、まっぴらだ。

 ここは、総力を挙げての殴りあいであろう。

 砲口がきらめき、砲弾が舞う。


 右舷後方から追うような格好で、レキシントンは砲撃をつづける。

 水柱がすぐにあがって、敵二番艦を包みこむ。

 一発は至近弾で、ダメージを与えているはずだ。

 すぐに反撃が来て、水の幕が視界を覆う。


 着弾したのは左舷前方であり、砲撃の精度があがっていることがわかる。

 ハルゼーは、進路の変更を命じる。

 とにかく的を絞らせるわけにはいかない。


 細かく進路を変えて、敵を眩惑し、その間に直撃を与えるしかない。

 困難は承知の上だが、そこまでやらなければ勝利をつかめない。

 ハルゼーが指示を出す間にも、敵からの砲撃はつづく。


 何度となく水柱があがり、何度か沸騰した海水が最上甲板を叩く。


 もちろんレキシントンの攻撃も敵二番艦に迫るのであるが、直撃を与えるまでには至らない。


 速度の差があったのか、いつしかレキシントンは敵二番艦に追いつくような格好になり、全砲門を使っての攻撃が可能となっていた。


 それは、また赤城型が全力攻撃で可能であることを意味する。


 距離は1万ヤードを維持しており、肉眼で敵が主砲を放つのが確認できる。


「何とか、最初の一発を……」


 ハルゼーの思いを裏切るようにして、赤城型の左舷で水柱があがる。

 かなり遠い。


 そこで敵の主砲がきらめき、砲弾が左舷海域を叩く。

 強烈な白波が押し寄せ、船体が動揺する。


 ハルゼーは転進を命じるも、敵の砲撃は正確にレキシントンを捕捉していた。

 一分後の一発は右舷前方に着弾し、兵員室が浸水していた。


「うまくいかぬ」


 二番艦の艦長は、相当に腕がたつ。こちらのねらいを正確に見抜いている。

 その命令に応じる乗員も優秀なのであろう。

 レキシントンがこまめに転進しているのに、敵の砲弾が確実にこちらを捕捉していているという事実がそれを如実に示している。


 ハルゼーは、日本人に対する認識を改めていた。


 劣等民族だと思っていたが、とんでもない話だ。隙を見せれば、確実にやられる。


 口惜しい話だが、将兵の水準は米軍と同等か、あるいはそれ以上である。


 ハルゼーは、赤城型を見ながら、次の策に思いをめぐらせる。


 それを打ち破るようにして、見張員の非情な声が響く。


「左20! 日本機接近。機数7。わが艦に向けて接近中」


「ここで航空隊か」


 空と海で挟撃されたら、とても逃げ切れない。


 ハルゼーが小さくうめいたところで、今度は別の見張員から報告が届いた。


 それは、彼にとって意外な知らせだった。


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