第10話
4月13日
ウェーク島北北西150カイリ
「九七式、敵重巡に接近。一時の方向」
西村が勢い込んで顔を向けると、二機の九七式艦攻がペンサコラ級の左舷後方に回り込むところだった。
高度は500フィート(約150メートル)ほどか。
高角砲と機銃がうなるが、新型艦攻を食い止めるには不十分だ。
易々とかいくぐって、発射位置につける。
「行け!」
西村が叫ぶのと、魚雷が投下されるのはほぼ同時だった。
緑の機体は上昇し、大きな旋回に入る。
爆発が起きたのは、しばらく経ってからだった。
ペンサコラ級の左舷後方で、水柱があがる。
船体が激しく揺れ、わずかながら船体が傾く。
煙があがって、後方の砲塔を覆うのがはっきりとわかる。
「よし。やってくれた!」
史上初の大型艦への雷撃だ。
最初の攻撃で成功させるとは、見事としか言いようがない。
西村が見あげると、攻撃に成功した重巡が頭上を抜けていく。
天城の乗員は声をあげ、激しく手を振る。
西村も小さくうなずいたものの、声を出すことはしなかった。
自分にはやらねばならぬことがある。
「航海長、味方の攻撃隊がやってくれたぞ」
西村の言葉に、森下はためらうことなく応じた。
「確認しました。見事です。重巡へ一撃とは」
「これで流れが変わる。最大限に生かすぞ」
五分前まで、遊撃部隊は絶望的な状況だった。
赤城は四発の直撃弾を浴びて、戦闘不能に陥っていたし、天城も敵二番艦に至近弾を浴びて、戦隊各所に浸水が発生していた。
後方の重巡部隊も、ペンサコラ級との戦いで傷つき、積極的な攻勢に転じることができずにいた。
とりわけ妙高は10分前、前檣楼トップに直撃を受け、戦闘不能に陥っていた。
艦長や航海長は戦死。
今は副長が指揮を執っているが、測距儀が失われたこともあり、満足な戦闘はできない。
水雷戦隊も米軍の軽巡に抑えられて、夕霧が沈没、狭霧、天霧が中破していた。
このままでは押し切られると思っていたところに、航空部隊の到着である。
好運としか言いようがない。
「小沢さんがやってくれたか」
第一航空戦隊の司令官は、小沢治三郎少将である。
西村の先輩で、長く水雷関係の任務を勤めあげてきた。駆逐艦檜、竹で指揮を執り、海軍水雷学校の教官も務めている。
航空畑に転じたのは三年ほど前からで、空母龍驤の艦長を務めてから、第一航空戦隊司令に就任した。
航続距離を生かしたロングレンジ作戦を提唱し、演習でも龍驤艦長山口多聞大佐の提言を生かし、悪天候下で出撃し、戦艦部隊を攻撃してみせた。
到着が二日は遅れると言われていたが、何とか間に合わせてくれた。
おそらく、艦載機が届くぎりぎりの距離まで接近したところで、攻撃隊を放ったのだろう。小沢と山口ならばやりかねない。
無茶をするとは思うが、これはありがたい。
「反撃に出るぞ。取舵10!」
西村は敵一番艦との距離を再確認する。
灰色の船体は、大きく右に回頭している。
航空隊の攻撃をかわすためで、二機の背後からは九七式艦攻が迫っていた。
もう一万メートルは切っているはずだ。
米軍の陣形は、まさかの航空攻撃で大きく乱れており、今なら邪魔されることなく、敵一番艦を攻撃できる。
すでに測距は完了しており、後は主砲を叩き込むだけだ。
「撃ち方はじめ!」
西村の命令と同時に、砲声が轟く。
一番から四番の同時発射である。ここまで接近すれば、ちまちま調整する必要はない。
船体の震えが収まるよりも早く、報告が響く。
「直撃。敵一番艦の煙突が吹き飛ぶのが見える」
「よし。このまま押せ」
つづいて砲口がきらめき、巨大な砲弾が宙を舞う。
「至近弾! 右舷1、左舷2!」
「舵戻せ。敵一番艦と並走するぞ」
無理して頭を取る必要はない。
主砲の能力を最大限に引き出したのであれば、同航戦に持ち込めばいいだけだ。
こちらもやられるが、相手も叩ける。
リスクを怖れて、何ができるのか。
西村が敵艦をにらむ中、天城は転進を終え、全門同時攻撃、いわゆる斉発に切り替えていた。
八発の砲弾が敵一番艦を包みこむ。
絶え間ない攻撃で、直撃が出るまで、大して時間はかからなかった。
「三番砲塔基部に命中。炎上中!」
「前檣楼前部に直撃、敵二番砲塔使用不能」
西村は手応えを感じつつも、警戒はゆるめない。
「赤城はどうなっているか?」
「左に回頭して、戦線からの離脱を図っております」
「敵二番艦は?」
「転進中。航空攻撃をかわすつもりかと」
そんな甘い相手ではなかろう。
戦いぶりを見るかぎり、二番艦の艦長は勇猛果敢だ。一時は旗艦を押しのけ、自ら戦いの主導権を取るそぶりすら見せた。
危機にあたってひるむとは思えない。
むしろ、本領発揮の機会だろう。
西村は敵二番艦を自分の眼で見るため、艦橋を横切る。
砲声はなおも激しさを増していく。
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