第8話
六
4月13日
ウェーク島北北西150カイリ
ハルゼーは、敵一番艦に直撃を与えたところで、声を張りあげた。
「やった。俺たちの砲弾が命中だ! 日本戦艦は火を噴いているぞ
」
艦橋でわっと声があがる。
右手を振りあげたのは若手の士官だ。
見張りの兵曹も手を握りしめ、何度もやった、やったと繰り返す。
ここで命中弾が出るとは。
最高である。
レキシントンは、サラトガにつづく形で日本艦隊に接近、距離2万2000ヤード(約2万メートル)に達したところで砲撃を開始した。
目標は敵一番艦である。
当初は測距優先で射撃回数は減らしていたが、命中弾が出ないことにいらだって、早々に斉射に切り替えた。数を打てばどうにかなるとの判断だ。
それでも至近弾すら出ず、ハルゼーは砲術長を怒鳴りつけていた。
ようやく流れが変わったのは、敵一番艦が転進してからである。
彼らの頭を抑えて全門で砲撃し、海戦の主導権を取るつもりでいた。
無茶をするとハルゼーは思った。
確かに、その時点で、日本艦隊はTF21に先行しており、面舵を切れば、T字型の陣形を組むことは可能に思える。
しかし、抜け出しているとはいっても、その差はわずかであり、相当に無理をしなければ、日本艦隊はTF21の前に出ることはできない。
ましてや、レキシントン級は天城級より優速である。最大戦速で駆け抜ければ、位置の取り合いでは負けない。
すぐさま、ハルゼーは取舵を命じて、敵艦一番艦との距離を詰めた。
全力攻撃を命じたのは、1万6000ヤード(約1万4560メートル)に達してからだ。
敵の姿が水柱に隠れるほど砲弾を叩き込んだ挙げ句、ついに敵一番艦の後部マスト付近に一弾を叩き込んだ。
ハルゼーは、戦闘艦橋から左舷前方を見る。
敵一番艦から黒煙があがっている。さながら薄い膜のようで、陽光も遮るほどだ。
距離は離れているが、オレンジのひかりが左右に揺れて前檣楼をあぶる様子が見てとれる。
後部マストにもダメージがあるようで、遠目にも傾いているのが見てとれる。
敵一番艦は直撃を受け、速度は低下し、砲撃の回数も減っている。
「なめた真似をするからだ」
あんなところで転進するとは。速度をゆるめれば命中しやすくなる。
直撃は自業自得である。
せっかくの戦いを優位に進めていたのに、あれですべてが変わってしまった。
主導権はTF21に移った。
もう手放しはしない。
「撃て、撃て。砲身が焼き切れてもかまわん。とにかく叩き込め」
ハルゼーは激しく手を振った。
それにあわせるかのように、四門の主砲が同時にうなる。
ひときわ濃い火薬の匂いが漂ってきたところで、見張員の声が響く。
「命中。敵一番艦艦尾。炎があがっているのが見える」
再び乗員の声があがる。これで二発目である。
ハルゼーが双眼鏡を除くと、船体の激しく燃える姿が飛び込んできた。
艦尾は朱色に染まり、時折、逆巻く風のおかげで煙突方面に炎が伸びていく。
左に回頭して距離を取ろうとしていたが、動きは鈍い。
主砲も沈黙しており、先刻までの勢いは完全に消えている。
ハルゼーが次の攻撃を指示する寸前、新たなる水柱があがる。
サラトガからの砲撃だ。
いずれも至近弾で、敵一番艦にダメージを与えている。
サラトガも敵一番艦を捕捉しはじめた。
これならば……。
ハルゼーは一瞬で決断し、命令を下した。
「標的を敵二番艦に変更。無傷の敵を叩く」
優位に立っている今なら、残った赤城型を攻めるべきだ。
二番艦はサラトガをねらっており、先刻から至近弾を与えている。ここで直撃が出れば、また情勢は変わってしまう。
「敵一番艦はサラトガにまかせる。測距を急げ!」
ハルゼーの命令は、即座に砲術長に伝わる。
ここは逃がさない。
「敵重巡、接近。右90!」
新たな報告に視線を転じると、後方に回っていた敵重巡が進路を変えていた。
味方の危機に、あえて戦艦と撃ちあうべく、距離を詰めていた。
その心意気はよいが、その程度のこと、対処ができないと思っているのか。
ハルゼーは、視界の片隅に、転進するペンサコラ級の重巡を見てとった。
すでに主砲を敵重巡に向けている。
安心してまかせていい。
敵二番艦との交戦に集中するハルゼーに、またも心地よい報告が飛び込んできた。
「敵一番艦に直撃。サラトガです」
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