第6話
四
4月13日
ウェーク島北北西150カイリ
レイモンド・A・スプルーアンス大佐は、駆逐艦二隻が迫ってくるのを見て、わずかに驚いた。
部隊を分割してでも、レキシントン級への攻撃をつづけるのか
五隻のうち二隻がこちらに向かえば、残るのは軽巡含めて三隻だけである。
それで、味方の駆逐艦を突破して、レキシントン級に打撃を与えることができるとは思えない。
敵水雷部隊の司令官は、敢闘精神に富んでいるのか。それとも、単なる愚者なのか。
「敵駆逐艦、なおも接近。距離7マイル」
見張員の報告に、艦橋の緊張感は大きくなる。
若手の士官は敵艦をにらみつけ、あどけない顔の水兵は備え付けの双眼鏡をいじりながら、唇を何度となく嘗めている。
タービンの音色は、先刻より高まっている。
すでに測距は完了しており、軽巡オマハはいつでも攻撃できる態勢にある。
スプルーアンスは、いつもと同じ口調で決断を告げた。
「撃て」
間を置かず、主砲がきらめく。
5インチの砲弾が途方もない速さで放たれ、敵艦に向かっていく。
水柱があがり、灰色の船体が水の幕の向こうに消える。
しかし、それは一時的であり、すぐに姿を見せ、彼らの進路を横切るかのように前に出て来る。
スプルーアンスがオマハの進路を修正しようとしたところで、風を切る音が響く。
右舷前方で爆発が起き、海面が弾ける。
「敵艦、発砲!」
着弾し、つづけざまに水柱があがる。
距離は離れており、航行に支障はない。
駆逐艦二隻で、軽巡二隻を抑えようとは、いい度胸である。
火力も装甲も脆弱であり、正面からの砲撃戦になれば、勝ち目はない。
そこまでしてサラトガ、レキシントンを叩きたいのか。
スプルーアンスは右舷前方を見る。
白波のたつ海域で、アメリカと日本の巡洋戦艦は砲撃戦を繰り広げている。
時折、水柱があがるのが確認できる。
距離が離れているので、詳細はわからないが、戦艦部隊は距離を詰めながら同航戦を展開しているはずだ。
距離は2万ヤード(約1万8200メートル)に達しているはずで、そろそろ直撃弾が出てもおかしくない。
味方はサラトガとレキシントン、日本は天城型の二隻だ。
その後方には重巡部隊がおり、すでに砲撃を開始している。
日本艦隊はウェークを目指しており、TF21が現れても後退することはない。正面からの撃ち合いになる。
ハルゼーはそのように語り、海戦に意欲を燃やしていたが、それが事実となったわけだ。
戦艦同士の砲撃戦になれば、オマハの出番はなく、あとは敵の小型艦が飛び込んでこないように警戒していればよかった。
日本の水雷部隊が迫ってきたのは、予想の範囲内だ。
戦力を分割するというのであれば、こちらか各個に撃破するだけだ。
時間稼ぎなどさせない。
スプルーアンスは、駆逐艦の動きを正確に把握して、転進を命じた。
オマハは、大きく傾きながら右に艦首を向け、二隻の頭を取るような位置につける。
冷静に物事を分析し、的確に行動する。
それが自分の持ち味であるとスプルーアンスは自負している。闘志が見えないとか、消極的であるとか文句をつける者もいるが、それは個々人の考え方でしかない。
大事なのは、目標を過不足なく達成し、大きな犠牲を出すことなく帰還することだ。無謀な突撃で、被害を拡大しては何にもならない。
そのあたりは、盟友のハルゼーも評価していた。
スプルーアンスとハルゼーは性格も考え方もまるで違うが、それ故に互いのよさを認めることができた。
何を考えているのかわからないと言われるほどのスプルーアンスの指揮能力を正しく見抜き、オマハの艦長に推薦したのはハルゼーであった。お前ならばできると何度も言ったものだ。
その知遇には応えたい。
レキシントンはきっちりと守る。
「目標は駆逐艦。距離1万ヤード(約9100メートル)で叩く」
スプルーアンスの指示にあわせ、主砲が旋回する。
敵駆逐艦は回頭中で、動きが鈍くなっている。
攻撃するのならば、今がチャンスだ。
オマハはさらに敵駆逐艦に迫り、スプルーアンスは艦影を肉眼で捉えることができた。
波で大きく揺れながら、駆逐艦が転進をかけている。雷撃戦に持ち込むつもりなのだろうが、そうはさせない。
「距離1万ヤード!」
見張員からの報告に、スプルーアンスは手を振って合図した。
「撃て」
潮風をつらぬいて、主砲がうなる。
海面が弾け、駆逐艦が水柱につつまれる。
至近弾。しかも夾叉である。
つづく砲撃も駆逐艦の舷側付近を激しく叩く。
心なしか敵の速度が落ちているように思える。
視線を転じると、もう一隻の駆逐艦もマープルヘッドの砲撃で、動きを封じられつつある。
砲弾がたてつづけに降りそそぎ、味方の支援もできない。
チャンスだ。ここで勝負をつける。
スプルーアンスが再び視線を戻した時、駆逐艦の上部構造物が弾けた。
後部マストが粉砕されて、海に落ちる。
直撃である。
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