第5話


 4月13日

 ウェーク島北北西150カイリ


 駆逐艦狭霧の船体を衝撃波が叩くのと同時に、見張員の声があがる。


「主砲発砲! 赤城です!」


 いよいよはじまったか。


 砲声はさらにつづき、そのたびに有賀幸作あるがこうさく中佐は興奮するのを感じた。


 距離があるので、衝撃波が来ても船体が震えるほどではない。

 それでも羅針艦橋の窓ガラスが揺れ、雷鳴を思わせる重低音もしっかり聞き取ることができる。


 さすがは41センチ砲といったところか。


「もう砲撃戦とはな」


 早いものである。


 4月13日の0512、遊撃部隊はついにアメリカ巡洋戦艦部隊と接触、砲撃戦をおこなうべく陣形を変えた。


 天城、赤城と巡洋艦部隊は単縦陣を組む一方、第二水雷戦隊の駆逐艦は八隻が単縦陣の左右に展開した。

 残りの四隻、天霧、朝霧、夕霧、狭霧は、南雲忠一司令官の命令を受け、軽巡の神通とともに敵戦艦部隊へ接近していた。


 砲撃戦がはじまったのは、陣形の変更が終わってからわずか10分後だ。

 どちらも海戦を避ける意志がなかったということだろう。


 有賀は双眼鏡を使って、敵艦の位置を確認した。

 狭い視野に、戦艦の艦影が飛び込んでくる。

 レキシントン級である。


 煙突と後部マストの形状から見て、サラトガであろう。


 有賀がその動きを追いかけているうちに、主砲がきらめき、砲煙が船体を包みこんだ。


 二度、三度と、それはつづき、発射速度がきわめて速いことが見てとれた。


「だんちゃーく!」


 見張員の報告と同時に、サラトガの後方で水柱があがった。

 三本であり、船体からは遠く離れている。


「まだまだかかりそうだな」


 赤城とレキシントン級は、2万メートル以上、離れており、有効な打撃を与えるには遠すぎる。


 勝負は1万5000を切ってからだろう。


 その前に、こちらが敵の懐に飛び込んで、雷撃をかければいい。

 速度と機動力を生かして接近、回避できない距離から敵艦を叩く。

 それこそ駆逐艦の役割であり、醍醐味でもある。


 今回の相手は巡洋戦艦であり、標的としてはもしぶんない。

 重要な任務を与えられて、狭霧の乗員は興奮していた。鍛錬を生かす場がようやく訪れたのだ。


「敵戦艦までの距離は?」


「敵一番艦まで150いちごーまる!」


 見張員の返事が小気味よい。


 仕掛けたいところであるが、八九式魚雷では射程距離が足りない。

 長射程の九三式はようやく量産がはじまったところで、今回の海戦には間に合わなかった。

 もっと接近したい。

 少なくとも、敵の副砲で攻撃されるぐらいには。


「第四戦速。夕霧から離れるなよ」


 有賀の命令に、すばやく航海長が反応し、狭霧は速度をあげる。

 艦首が横波を切り裂き、海水が甲板を濡らす。 神通を先頭に五隻の艦艇は、単縦陣を組んだまま、レキシントン級に向かう。


 敵艦隊は赤城や天城と並走しており、狭霧は左後方から突きあげるような形になっている。


「さて、どうなさるか」


 水雷戦隊の司令官は、南雲忠一なぐもちゅういち少将である。

 優秀な指揮官であり、現状を正しく把握しているはずだ。

 果たして、どのような策に出るか。


 有賀が神通の位置を確認すべく正面を見た時、艦橋にカン高い声が響いた。


「敵軽巡接近! 二隻。右60。距離100!」


 視線を転じると、海上に黒い点が見てとれた。

 白波に時折、隠されるが、何かが動いているのがわかる。

 有賀は双眼鏡で確認する。


 特徴的な駕籠型の前檣楼に、四本煙突。

 間延びして見える船体は、オマハ級のそれだった。


「くそっ。こっちの抑えに来たか」


 味方に接近しているとみて、撃退すべく距離を詰めてきた。


 しかも軽巡とは。


 火力の差を考えれば、相当にしんどい。

 彼我の位置関係から見て、選択肢は限られる。


 南雲司令はどう判断するか。

 間を置かず、先行する神通から信号が来た。

 司令部からの命令であり、それは、有賀を満足させるのに十分なものであった。


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