第3話



 4月12日

 ウェーク島北方50カイリ


 ウィリアム・F・ハルゼー大佐が艦橋にあがると、乗員がそろって背筋を伸ばし敬礼する。

 いつもの事ながら気持ちのよい動きだ。

 ハルゼーは大袈裟なアクションで答礼すると、待機していた士官に声をかけた。


「日本艦隊が出てきたか」


「はい。ウェークの西北です。潜水艦が捕捉しました」


 副長のチャールズ・H・マクモリス中佐が静かに応じた。その口元には笑みがある。


「艦速を考えると、ウェークの西北300カイリあたりに進出しているかと」


「詳しく知りたい」


 ハルゼーは先に立って、艦橋の片隅にある海図台に赴いた。

 すでに、そこには海図が広げられており、いくつか書き込みも見てとれた。


「日本艦隊は、北から接近しており、明日にはウェーク北方80カイリ(約148キロ)に到達すると思われます」


 マクモリスは、定規で直線を引いた。


「一方、我々はウェークの北方に進出しており、ここで進路を330に取れば、明日の朝には日本艦隊を捕捉、砲撃可能な距離まで接近できます」


 マクモリスがさらに線を引くと、ウェーク島の西北、およそ150カイリ(約277キロ)で交錯した。

 ハルゼーは、思わずほくそえむ。


「いいぞ。日本艦隊の頭を抑えることができる」


「彼らは、ウェーク島の制圧を目論んでいると考えます。戦争が終わる前に、少しでもポイントを稼いでおきたいのでしょう」


「姑息な。日本人らしいといえばらしいが、そうそう自由にやらせるわけにはいかん」


 ハルゼーは、狭い艦橋から正面を見る。


「そのために、俺たちがいる」


 視線の先に青い海が広がる。これまでも何度となく見てきた太平洋である。


 いよいよ、ここが戦場となる。


 ハルゼーは、第21任務艦隊TF21の一員としてしてハワイを出撃、中部太平洋を西に進んでいた。

 日本艦隊が新しい作戦をはじめていることは、通信量の多さから予想がついていた。

 当初はフィリピン方面と思われたが、台湾の動きがなく、逆に本土方面の通信が活発だった。艦艇の動きは目立たず、逆にそれが警戒を誘った。

 情報を分析した結果、日本艦隊はウェーク島、もしくはミッドウェー島をねらっていると判断し、太平洋艦隊司令部は艦隊の派遣を決定した。


 そこで、TF21が編成され、七日には主力がハワイを出撃した。


 ハルゼー率いる巡洋戦艦レキシントンは、二日ほど遅れて真珠湾から出向した。

 機関が悲鳴をあげるのもかまわず、ハルゼーは速度をあげるように命じ、おかげでレキシントンは予定よりも八時間も早く主力部隊に追いついた。

 部下には迷惑をかけたが、それができると見込んでのことで、成功に導いてくれた乗員には素直に感謝していた。


「さて、どうしたものかな」


 ハルゼーは改めて海図を見やった。


「敵はどう出てくると思うか」


「ウェーク攻略を考えているのですから、我々が出てきたところで逃げることはないでしょう。正面からぶつかるかと」


「こちらの戦力は把握されているか?」


「おそらくは。何度か日本の潜水艦が触接しています。すでに艦艇はそろっていますから、陣容はつかまれていると見るべきです」


「俺もそう思う」


 ハルゼーは腕を組んだ。


「数はほぼ同じ。となれば、戦いを避ける理由はないな」


 TF21は、巡洋戦艦のレキシントンとサラトガを中心に、重巡二隻、軽巡三隻、駆逐艦一二隻で編成されている。同じく巡洋戦艦二隻の日本艦隊とほぼ同規模である。


 戦艦を投入するという計画もあったが、犠牲を怖れたのに加えて、日本艦隊に対抗するには速度が必要ということで、今回は見送られた。


 空母も出撃の検討はされたが、最後は見送られた。ウェークの基地が健在で、偵察機を飛ばすことができるというのも大きかった。


 艦隊の規模を懸念する者もいるが、ハルゼーはこれで正解だと考えている。

 なまじ鈍足な戦艦が加わると、機動力が鈍る。


「この船の能力を引き出すのであれば、これがベストよ」


 レキシントンはレキシントン型巡洋戦艦の一番艦で、常備排水量は4万3500トンとイギリスのフットも凌駕する。全長およそ292ヤード(約266メートル)、全幅35ヤード(約32メートル)で、18万馬力の機関を搭載し、33ノット(時速約61キロ)の艦速を叩き出す。


 巡洋艦との行動も共にできる高速戦艦である。


 それでいて、主砲は50口径16インチ砲を八門も装備し、日本の長門型やイギリスのネルソン級と互角に戦うことができる。

 五インチの副砲は左右に八門ずつ、合計で一六門に達する。

 強力な魚雷発射管は八門であり、敵戦艦に肉薄したところで攻撃すれば、致命傷を与えることも可能だった。


 日本の巡洋戦艦と比較すれば、火力と速力で優っており、先手を取って戦うことはできると目されていた。


 唯一の不安は装甲であったが、それについても速度を生かしたヒットアンドアウェイで対応可能との判断が出ていた。


 最初の報告で、赤城型が出てきたと聞いた時、ハルゼーの心は躍った。

 巡洋戦艦同士の戦いとは。

 何と好運であろうか。


「本来ならば、ありえない戦いであったからな」


「何がですか」


「巡洋戦艦の砲撃戦さ。もし軍縮条約が早くに締結されていたら、双方とも廃艦になるところだった」


「そうですね。日本の首相がもっと遅く暗殺されていれば、歴史は変わったでしょうね」


 マクモリスは、視線をレキシントンの艦橋に向ける。

 瞳の輝きには深い思慮の色が見受けられる。おそらく往事に思いをはせているのだろう。


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