第十四話 認可

 キティの手を握る。

 僕が握った手には虹の腕輪が握られていた。


「お、ベッドまで案内してくれんのか?」

「どうやってイフにそれを渡すつもりだ? 彼女の位置はわからないだろ?」


 僕はイフのIDカードをキティに見せつけ、虹の腕輪を指さす。


「…………ふぅん、なるほどな」


 感心するようにキティは頷いた。


「この部屋にイフがいると確信して来たよな? この部屋にイフの所持品はこれだけ。つまり、あんたらはイフの位置はこれでしか探せないってことだ。あんたらはイフの位置がどこにいるかわからない。俺しかわかっていない。地球人で厳重に警護されているイフだ。シグマデルタの人間でも接触の機会がないのに、位置が把握できないのは痛いんじゃないのか?」

「…………」


 キティは一つ、頷いた。


「あんたらが立てたイフ誘拐作戦の期間はどれくらいだ? 長くても一週間や二週間は居れないだろう? それだったら、あんな《MF》なんてシグマデルタに持ってこないもんな。高性能な光学迷彩だったけど、三日程度時間が経てば流石に見つかるだろう。そうなれば……」


 思考を巡らせる。

 キティに僕を有用だと思わせる何かキーになる一言を考える。

 思いだせ、今日聞いた情報を―――。

 ユーリは言っていた――虹の腕輪を「世界を進化させる力だ」と。

 キティは言った―――「この世界を改変するという夢を持った俺たち世界進化機関『エリクシル』」と。

 そして、僕は出まかせを言った――「いきなり虹の腕輪を渡して世界を進化させると言って彼女を連れて行けると思うか?」と。その言葉に誰も疑問を持たなかった。

 それらの情報を統合すると、一つの結論が生まれる。


「イフ・イブセレスというカギを連れていけなければ、『エリクシル』は目的を達成できないだろう。世界を進化させるという目的を達成できない! そうだろう⁉」


 ピクリとキティは片方の眉を吊り上げた。


「僕がイフと同じアカデミーの生徒というのは本当だ。シルクハットと虹の腕輪を渡されたのは偶然だったけど、これは『エリクシル』にとってチャンスだろう⁉ イフという目標に容易に接触できる協力者が得られたんだから。それに僕はイフの学生証を持っている! 地球人のIDカードはこのシグマデルタではマスターキーも同然だ。こんな多くの手札を持っている僕を無下に切り捨てるなんて、そんな愚かな真似はしないだろう⁉ 僕を使ってくれ……使え! キティ!」


 彼女の眼を見つめてまくしたてる。

 キティは黙って僕の言葉を聞いていたが、


「知恵が回る馬鹿っていうのは厄介だな……」


 やがて、フッと笑った。

 そして、僕の握った手を振り払う。


「だが、馬鹿は馬鹿だ。つまりはお前のアカデミーに行けばイフに会えるってことだろう。なら、お前を無理に頼る必要はないな」


 やっぱりダメか……。

 僕はこの空中都市を出ることはできないのかと肩を落とす。


「仮、だ」


 ポイッとキティが僕へ向けて虹の腕輪を投げる。


「え、あ……え?」


 虹の腕輪を取り落としそうになりながらも聞き返す。


「お前、音楽をやるのか」


 おもむろに彼女は床に落ちている僕のギターを拾い、音を奏で始める。たおやかな、粗暴そうな彼女には似合わない心が安らぐ旋律だった。


「過去、世界を沸かせたジョン・レノンという歌手がいた。彼は幼少期、「将来の夢は何ですかと授業で尋ねられた」そうだ。彼は「幸せ」と答えた。先生は「質問の意味を理解していなかったのね」と憐れみ、それに対しジョンは「先生は人生の意味を理解していないんだね」と憐れんだそうだ」


 キティの眼が僕の眼を見つめた。


「お前はどうなりたい?」

「…………」


 そんな話を聞かされても、人生の意味なんて考えたこともない、わかるわけもない。

 だけど、これだけは言える。


「ユーリに。あの男じゃない。僕たちが思い描いた英雄のユーリ・ボイジャーになりたい」


 あの物語の主人公が実際はただのろくでなしでも、僕が思い描いた理想の背中は絶対に正しいはずだ。


「現実に裏切られたとしても、理想は絶対に裏切らない。そう、僕は信じる」

「そうかい……」


 ギターを弾く手を止め、愛おしそうに床に置いた。

 キティの手が僕へと伸びた。


「明日はよろしくな、ロウ・クォーツ」


 握手を求めるようなキティの手のひらを見つめ、


「え……い、いいの?」

「お前の協力があればイフへの接触が容易になる。それは事実だ。俺たちは実はここにイフ・イブセレスとユーリ・ボイジャーを迎えに来ただけでな。街の詳しい地理や作戦は知らなかったんだ。ユーリが任務を放棄したとなれば、俺たちの任務達成も正直絶望的だった」

「あ……! なるほど」


 喜びがこみ上げ、その感情に任せるままキティの手を握る。


「よろしくお願いします!」


 思いっきり頭を下げる。上げることはできない。協力してくれるという言葉が嬉しすぎて、顔が熱くなる。


「ああ、だが、シルヴィとセイレンにはお前がユーリ・ボイジャーじゃない、ただの学生ロウ・クォーツっていうのは黙っておいてくれ」

「それは構わないけど?」

「俺たち『エリクシル』は英雄ユーリ・ボイジャーという旗印のもとにヨルダ・ダリアが集めた組織だ。活動経費の出資や運営方針の決定はユーリがしていたらしいが、実際『エリクシル』の誰もユーリに会ったことがなかった。イフ誘拐作戦をヨルダから聞かされるまで、本当はユーリなんていないんじゃないかとみんな思っていたほどだ」


 キティが『エリクシル』の内情について説明してくれる。旗印の顔を見たことがないなんて、『エリクシル』は僕が想像していたより、浮足立った組織のように思えてきたが、それよりも気になる点が一つ出てきた。


「さっきからたびたび名前が出てくるけど、ヨルダって誰?」

「ヨルダ・ダリア。実質『エリクシル』の指揮官だ。高機動浮遊戦艦、ノアビヨンドの艦長をしている鉄の女。お前が俺の眼鏡にかなったら、会うことができるかもな」


 キティが僕の手荷物シルクハットをポンポンと叩く。


「それって、君が科す試験に僕が合格すれば、『エリクシル』に入れてくれるってこと?」

「だから言ったろ? 仮だって」


 嬉しい、彼女は僕を多少なりとも認めてくれた。これから認めようとしてくれている。

 自分自身を奮起させるように小さく拳を握った。


「あ~……だから」


 逸れた話の軌道修正をしようと、キティは目を閉じ考え込み、頭の横で指を回した。


「リーダーはヨルダで、いつか俺たちを導いてくれる……その、例えるなら、ユーリは組織のトップで俺らを見守ってくれている神様みたいな存在だったんだよ。そのトップが実際に存在しないってなったら、組織の士気が下がる。だから、極力お前が見て聞いたユーリ・ボイジャー像は秘密にしておきたいんだ。OK?」

「ああ、なるほど了解」

「うまい言い訳が考えつくまで、俺たちだけの秘密だ。まぁ……最悪お前を担ぎ上げても」


 キティの声が小さくなり聞こえなくなる。ブツブツと何かを呟き考え込んでいるようだ。


「何を言ってるの?」

「こっちの話だ。お前には関係ない。だいぶ話し込んでしまったな。本当にもう寝るぞ」


 手を振り、背を向けて僕の寝室へ向かって歩き出す。


「……僕と同じベッドで寝る?」


 キティの足がピタリと止まる。

 そして、振り返り、挑発的な笑みを向けた。


「俺は構わんぞ?」


 シャツ一枚ですらっとしたボディを見せつけるように佇むキティを見ると、段々照れてきた。

 あの体の女の子と同じベッドで寝ると想像しただけで、眠れそうにない。


「………あっちにソファがあるから、それ使って」


 ヘタレた。


 力なくリビングに置いてある安物のソファを指さした。

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