第十五話 イフ・イブセレスの一日の始まり

 白いカーテンの隙間から朝日が部屋の中に入る。


「……んぅ」


 眠りのまどろみの中から浮上し、重たい瞼を開ける。


「ふあああ~……」


 ふかふかの天上付きのベッドの上で伸びをして、金の装飾が入った窓を見つめる。

 外は晴れだった。庭師が手入れしている整えられた庭の緑が反射して、輝く。


「今日もいい天気」


 私はベッドから出て、机に置いてある写真を見つめる。

 壮年の男女と、銀髪の姉妹、つまりは私の家族が映っている。

 カメラ目線で微笑む私たち家族というのはもう遠い昔だ。もう撮りたくても撮ることはかなわない。


「おはよう、お姉ちゃん」


 イブセレス一家の写真に写る、快活に笑う銀髪の女の子、私の姉のリーサル・イブセレスへ朝の挨拶をする。


「ふぅ……ここまで来たのに、何もしなくて大分時間が経っちゃった」


 憂鬱に晴天を見つめ、私、イフ・イブセレスはため息を一つ吐いた。

 地球からこのエデンに来てから、いらないといったのに、付き人がつけられ、常に身の回りの世話をさせられる。朝食はパンと目玉焼きと牛乳で十分なのに、シェフが作った高級そうなエッグタルトを用意され、朝食が終るとメイドが制服を用意して準備している。

 制服に身を包んで外に出ると、すでに黒塗りのリムジンが待機して、白髪の執事が私に向かって頭を下げている。


「学校までお送りいたします」

「今日は歩いていきたいんです。せっかく用意してもらったのに申し訳ないけど、一人で歩きながら考えごとをしたいんです」


 悪いとは思うが、たまには一人になりたい。

 執事は私の提案を否定せずに、頷き、


「わかりました。では、護衛を用意しますので少々お待ちください」

「………やっぱり、車でいいです」



 〇



 シグマデルタセントラル地区からイースト地区にあるアカデミーへ向かう。

 車の中で過ぎ去る白いビル街を見つめ続ける。

 この光景を見るのも何回目だろうか。

 親に無理を言ってどうしても行きたいと言って、たどり着いたエデンだったが、ここでの生活は想像以上に窮屈だった。

 アパートで一人暮らしをしようと思ったが、何か偉い黒服を着た人に屋敷を勝手に用意され、こっちは一切お金を払っていないのに、まるでどこかの国のお姫様のような暮らしをさせられている。

 私は地球では一軒家に住んでいる普通の学生だった。父親は研究者で、離婚した母は何をやっているのか知らないが、あまりいい職業についているわけではない。こんな高級な暮らし今までしたこともなかった。

 最初は戸惑って、別の誰かと勘違いしていないかと使用人たちに尋ねたが、皆口をそろえて「地球の方は神様です。貴方に奉仕するのが私たちの喜びなのです」と返す。

 屋敷はたまらなく居心地が悪かった。

 だから、学校の友人に普通さを求めたが、みんな私が地球人だと知ると距離を置いた。そして、みんな敬語を使って、自分と同じ世界の人間じゃないと壁を作った。

 アカデミーが見えてきた。

 校門には四人の男子生徒が待っていた。

 ごつい体格のオウル、細身で顔が整っているイーグル、小柄で子供っぽいファルコ、黒髪で制服を着崩した不良っぽいコンド。


「着きましたよ。お嬢様」


 執事がお嬢様というたびに否定をしているのだが、言い続けるので、いつしか諦めてしまった。


「ありがとう」


 車から降りる。


「イフ様、おはようございます、お待ちしておりました」


 イケメンのイーグルがほほえみ、鞄を渡すように手を伸ばす。


「おはようございます……」


 四人に深々とお辞儀して、鞄を渡さずに校舎まで歩く。

 遅れて、イーグル以外の三人が私をSPのように取り囲みながら歩き、イーグルが先ほど鞄を受け取る手を無視されたのを気にせずににこやかに話しかける。


「イフ様、お加減はいかがですか? 何か変わったことはありませんでしたか?」

「何も、変わったことが起きて欲しいですけど。下で起きている戦争のように」

「そんなことをいうものではありませんよ。イフ様、低市民たちの争いに巻き込まれるなど、想像しただけで汚らわしい」

「そうですか……イーグル、私の地上への降下許可が下りるのはいつですか?」


 入学してから一ヵ月後に、シグマデルタにいてはダメだと思い、役所に旅の許可をもらおうとした。

 だが、イーグルたちに止められた。そして、エデンの大地で地球人が誘拐や殺害されては外交問題になるので許可は簡単に出せないと言われ、


「申し訳ありません、イフ様。エデンの地上は現在治安が悪化しており、少なくとも赤灼ノ国と黄砂ノ国の戦闘行動が止むまではとれそうにありません」


 にこやかに返すイーグル。降下許可について尋ねるたびに同じ答えが返ってきた。


「そうですか……」


 戦争を理由に許可を出す気がないのはわかりきっていた。恐らく、赤灼ノ国が戦争を仕掛けていなくても何かしらの理由を付けて許可は出さなかっただろう。

 ふと、顔を上げると私を見つめる、他の生徒たちの眼に気づく。

 皆、怯えていた。

 私と目が合うと慌てて目を逸らして、首を垂らした。


「ハァ……」


 ため息が漏れる。

 誰も、私を見ようとしない。知ろうともしない。

 ただの地球人という記号でしか見ようとしない。地球の人というだけで、私もただの十六歳の女の子なのに……。

 校舎が近づき、三階の図書室が目に入る。昨日私が飛び降りた部屋だ。あんな高さから飛び降りたのは初めてだったが、自分のことながらよく無事だったと感心する。 意外と私は足腰が強いのかもしれない。

 あの図書室で会ったクラスメイトの男の子。

 また会ったら彼は私に普通に接してくれるだろうか。

 カーテン越しで顔は良く見えなかった、名前の知らない男の子。

 『ジェミニスター物語』が好きだけど、ウェールズ先生から読むのを禁止された……、


「あ」


 胸に手を当てる。


「どうしました?」


 胸ポケットを探る。やっぱり、そこにあるべきものがない。


「な、何でもないよ」


 思いだした。昨日彼に学生証を渡してそのままだった。

 学生証の他人への譲渡は犯罪だ。今回の場合は私が悪いのだが、地球人である私が罪に問われるかどうか微妙なところだ。

 恐らく十中八九、彼が一方的に責められる。


「何でもないのよ」


 動揺を悟られないように、イーグルに作り笑いを向ける。

 何としても、イーグルたちに気が付かれないように、学生証を回収しなければならない。

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