第十三話 対話

 とりあえずは殺されずに済み、浴室から出る。

 二人とも着替える。


「少しサイズがでかいな……」


 キティはロウのシャツ一枚羽織り、その下はパンツ一枚の格好でリビングを徘徊する。下から見える生足が目に悪い。

 ロウはテーブルに座り、少し頬を赤らめつつ、一応警戒しているようにキティを睨みつけた。


「いいのか? 僕を自由にして。逃げ出すかもしれないぞ」

「逃げてもいい。さっき組み合った時にわかった。あんたは軍事的な訓練を受けていない。やろうと思えば、一瞬で殺せる」


 見せつけるようにナイフを振り回す。

 少し身がすくみながらもシルクハットを手に取る。


「……僕がこれを持っているのはさっき言った通りだよ。その時は信じてなかったけど、ユーリ・ボイジャーから押し付けられたんだ。だから、僕がユーリ・ボイジャーになろうと」

「お前がユーリ・ボイジャーになる? ただの学生だろ、お前は」

「そうだ。だけど……僕は運命の路線を切り替えたい。この街から出たかったんだ」


 切実に、シルクハットを握り締める。


「この街が出たけりゃでればいいだろう?」

「出れないよ。空中都市なんだよ。外に出る飛行機には資格がないと乗れない。それを偽ろうとすれば中央の刑務所に送られて、何かしらの教育を受ける」

「何だよ。何かしらの教育って、アバウトだな」

「わかんないんだよ! だけど、政府に逆らって刑務所に送られた人間は何かされてる。犯罪を犯したやんちゃな同級生が、刑務所に一か月閉じ込められて、全くの大人しい別人になって帰ってきたのを見た。どんなに気性の荒いやつでも大人しく矯正する何かが刑務所にはあるんだよ……多分、僕の友達ももうすぐそこに送られる」


 そして、父にしたがえば同じように……。


「……その話、マジか?」

「洗脳されるっていう噂だ。犯罪は滅多に起きない。だけど、いざ犯罪を犯したら脳をいじくりまわされる。そんな街にいたいと思うかい?」

「外から見たらユートピア。だが、内に入ってみればディストピア。そんな話はわりとよくある。過去の歴史にもれずに……この街もそうだったってわけか」

「なぁ、あんたらテロリストなんだろ? イフを一緒に連れ出すか別にして、僕を仲間に入れてくれ……そして、僕のバンドのメンバーを助けてくれ……!」


 深々と頭を下げる。切実に……。

 キティはため息を一つ吐いて、ナイフをしまった。


「ハァ……お前が本当にただのバカな学生だというのはよくわかった。つまりは俺たちを仲間の救出のために利用しようとしたってわけだ」

「そうなります……!」


 都市警察に連れていかれたバンドメンバーのランド、ウェンディ、フレイヤの三人の顔を思い浮かべると心配でたまらない。彼らは今も解放されていないのだから。


「………」

顔をちらりと上げて、キティを見上げると、彼女はジッと時計を見つめていた。

「まぁいい、俺は今日ここで寝るから、じっくりと話を聞かせてもらおうじゃねぇか」

「え⁉」


 まさかの言葉に耳を疑った。


「俺らがホテル取れるような身分に見えるか? 《パッションコード》のコックピットの中で一泊だ。俺とセイレン二人だけなら大丈夫なんだがシルヴィがいるから狭くてかなわん」

「だから、ここで寝るって?」

「ダメか? そんな決定権は嘘をついた時点でお前にはない気がするがな」

「いや、ダメとかそういうわけじゃ……」


 正直、キティは可愛い。

 だから、泊ってくれるのは嬉しい。が、十六歳の健全な青少年であるロウの健全たる精神に悪影響が出ないか不安ではある。

 暴走するかもしれない。


「安心しろ。屋根があれば床でもかまわん。それに、襲い掛かってきたければ襲い掛かってきてもいいぞ」

「いいの⁉」

「切り取られても知らんが」

「………切り取るって何をですか?」

「ナニをって、わかってんじゃん」


 ニヤリと笑うキティ。

 げんなりとするが、彼女はここで寝るという話はここで終わりというように手を鳴らした。


「さて、じゃあ聞かせてもらおうか。お前がこのシルクハットを手に入れた経緯を」


 僕の腕の中からシルクハットを奪い取るキティ。

 彼女はそれが本物かどうか確かめるように下から上からと、まじまじと見つめていた。


「あ、ああ……それはアカデミーからの帰り道に、都市警察の本部に向かってたんだけど、その時に……」


 ロウはキティにユーリ・ボイジャーを名乗る男と出会い、助け、その後の彼の話を全て話した。

 一通り聞き終わると、キティは指でシルクハットを回して悲しい目を向けた。


「その話が嘘でも本当でも……俺らが今日会うはずだったユーリ・ボイジャーにはこのシルクハットを持つ資格はないってことだな」

「どういうこと?」

「このシルクハットは革命者の証。この世界を改変するという夢を持った俺たち世界進化機関『エリクシル』の創始者の証なんだ」


 そう言って、キティはどこからともなくカードを取り出しこちらに投げつけた。

逆さのシルクハットから煙が上がり白いハトが飛んでいるマークが書かれていた。


「それが世界進化機関『エリクシル』のマークだ。一応、表向きは傭兵派遣会社になっているけどな」

「……『エリクシル』って何なのかいい加減聞いてもいいかい? あと世界進化機関って名乗ってるけど、さっき言ってた【調律機関】と関係あるの?」

「……ああ」


 シルクハットを置いて、キティの指が虹の腕輪をそえられる。


「このエデンにはたくさんの争いごとがある。国は五つにわかられて常に戦争を繰り返している。それがなぜかわかるか?」

「……違う価値観を持っているから?」

「それが根本的な問題だな。だが、ことはそんな人類全体の根源的な問題の話じゃない。エデンで起きる争いの裏には常にある組織が絡んでいる。それが【調律機関】だ」

「今、地上だと赤灼ノ国が黄砂ノ国へ侵攻しているよね。それは悪の秘密組織のせいってこと?」

「へぇ、空中都市にも地上の情報は入ってくるんだな」

「ニュースではいつもその話題だよ。一応外の情報は流しておいた方がいいんだろうね」


 赤灼ノ国、ボルカニッククルスが黄砂ノ国、アルマゥ・ラースに大量破壊兵器所持の疑いで戦争を仕掛けた。

 黄砂ノ国にあるクリスタル大砂漠には【ナノマシン】のバグによってできた、全く未知の技術でできた機械が発掘されることが多々ある。それが黄砂ノ国の強みであり、その未知の技術を他国に輸出したり、新しい兵器を作ったりしている。

その中で、多くの人間を殺せる何かが発掘されて、黄砂ノ国の人間はそれを隠しているのではないかと赤灼ノ国が一方的に疑いをかけて、戦闘行動まで始めた。

漠然とした理由で始まった戦争はいまだに収まる気配がなく、戦火は広がっている一方、らしい。

 キティは一層悲しげな瞳を伏せると、頷いた。


「そう、そうだ。戦争を仕掛けろと直接的なことを言ってはいないが、赤灼ノ国に武器を大量に輸出して軍事力を付けさせているのは【調律機関】だ」

「国家に武器を輸出ってそんな大規模なことができる組織のか?」

「ああ―――【調律機関】っていうのは、地球がエデンを管理できるように作った機関だ。つまり、この星を支配している中枢機関ってことだな。赤灼ノ国に武器を与えて調子に乗らせたり、青海ノ国―――ジャンティーレ・タルタルガに息のかかった政治家を送り込み民衆の眼を戦争から逸らしたり。そうやって、エデンを支配している。地球への不満を逸らそうとしてるんだよ」

「つまり、エデンの五つの国で争わせ、協力しないようにさせている……と? エデン全体の力を統一させないように動いてるってことですか?」

「そういうことだな」

「じゃあ、ずっと地上では争いは止まないってことですか?」

「そういうことだな」


 ひどすぎる。

 戦争では多くの人が死ぬのに、それを裏で操って技と血を流させてる人がいるなんて。

 実際に見て聞いたわけではない。だが、義憤に駆られる。


「だが、いつまでもというじゃない。俺たちがいる。俺たち世界進化機関『エリクシル』の最終目的が調律機関の壊滅。そして、エデンの地球からの支配からの独立だ」


 虹の腕輪を持ち上げて、今度はそれを本物かどうか確かめるようにキティは全体を動かしながら見つめる。


「地球からの独立……エデンの?」

「現代、主なエネルギー源となっているのは火星に埋まっている超エネルギー源―――火星石油だ。それの供給割合って知ってるか?」

「いや……聞いたこともない」

「地球が八割。エデンが二割だ。吸い上げられた火星石油のほとんどが地球に持っていかれている」

「そんなに……」

「エデンの各国が資源不足で泣きあえいでいるというのに、地球の一部の貴族のために多くの資源が使われている。これを支配されていると言わずに何という。実質植民地なんだよ。エデンは地球の」

「…………」


 そんな問題が起きているなんて知りもしなかった。この空中都市にいては入ってこない情報だ。


「それに、これはお前の方が分かっているだろう? 地球の人間はこっちではまるで神様のように扱わなければいけないじゃないか」

「……イフ・イブセレス」


 ロウが知っている唯一の地球人。キティの言うように、イフは明らかにエデン人とは違う、VIP中のVIP待遇で迎え入れられている。

 彼女が言うようにまるで神様のように。


「じゃあ、イフに協力を要請するのはおかしくないか? 彼女は地球の人間だぞ。協力してくれるとは思えないんだけど」

「そこらへんは利害が一致しているから大丈夫だ。餌がある。その餌を与えればイフは『エリクシル』に協力する……はずだ」

「?」


 随分と自信があるようだが、そんなにイフが食らいつくなにかがあるのだろうか。


「ふぅ……さて、今後のお前の扱いについてなんだが」


 キティは話しつかれたように息を吐くと、虹の腕輪を置いた。


「ここにある虹の腕輪は以前に見たものと同じ、本物だった。恐らくこのシルクハットもユーリ・ボイジャーが使っていたものと同じだろう。これがここにある理由として考えられるのは三つ」


 三本の指を立てて、ロウへ向けてかざす。


「一つはお前が本物のユーリ・ボイジャーから力づくで奪った、殺しをしてでもな。そして、一つはユーリが落としたこれを偶々拾った。そして、一つはお前の言葉通り、ユーリが任務を放棄して押し付けたかのどれかだ」


 一つ一つとカウントしていく度にキティの指がおられる。


「まず、お前がユーリから力づくで奪うのはないだろう。どんな奴か俺は会ったこともないが、千年前に軍人をやっていた男だ。お前みたいななよっちいやつにやられるわけがない」

「なよっちい……」


 そんなに細いだろうか。本格的ではないがそれなりに筋トレはしているつもりなのだが。


「じゃあ、考えられる可能性としては二つ、拾ったか、押し付けられた。そのどちらでも、俺はユーリに対して失望を禁じ得ない。世界を進化させる腕輪と革命の証を人に無理やり押し付けようが、簡単に扱って落とそうが変わらない。彼にとって使命とはその程度のものだった。そういうことだ」

「ユーリ・ボイジャーは使命が嫌になったと言っていた。自分たちが千年前に戦っていた結果が争いの絶えないこの世界なのかと。もう人類そのものが嫌になったって……」

「ユーリ・ボイジャーがそんなことを……本当にそんな情けないことを言っていたのか?」

「はい」


 キティは呆れるように瞳を回し、天井を見上げた。

 失望したのはこちらも同じだ。子供の頃から本を読んで憧れていた英雄があんなしょうもないおっさんだったなんて。


「キティ、僕が会った彼は本当にユーリ・ボイジャーだったんですか? 彼はタイムトラベラーだと自称していましたけれど、本当に「ジェミニスター物語」の主人公のあの彼だったんですか?」

「…………」


 尋ねると彼女はロウをギロッと睨みつけた。


「な、何か気に障ることを……?」


 怯えながら、重ねて尋ねる。


「さらっと呼び捨てにしてんじゃねぇよ」

「あ、ごめんなさい、キティ、さん……」


 さっきシルバリオンとセイレンがいた時はユーリ・ボイジャーになりきって、呼び捨てにしていたから、ついまた呼び捨てで呼んでしまった。


「まぁ、いいけどな……ユーリ・ボイジャー。実際俺も顔を見ていないから本物だと断言できるわけじゃないが、多分本物……『ジェミニスター物語』に出てくる英雄その人だ」

「本当に? でもタイムトラベルなんて可能なんですか?」

「ユーリとフィフィテが戦った最後の舞台である、箱舟―――ノアは一応外宇宙の移民可能な星を探し、移住するという名目のもと作られた。そして、ロストテクノロジーの亜空エンジンを積み、光速で航行することが可能……ウラシマ現象って知ってるか?」

「いいえ」


 初めて聞く言葉に首を振ると、キティは身振り手振りを交えて説明してくれた。


「物体は動く速さが速ければ速いほど、流れる時間が遅くなる現象の事だ。だから、光速で移動するノアの船内では地球から見れば非常にゆっくり時間が流れ、彼ら二人が戦っている最中に、遠く地球を離れたときはから千年の時が流れていたとしても、ノアの中にいた奴らは当時のままってわけさ」


 手のひらを飛行機のような形にして、地球から離れていくノアに例えて説明する。


「じゃあ、戻って来たってことはどこかにノアは……」


 キティは頷く。


「月に落ちている……らしい。こっちに帰ってきてユーリとフィフィテが降りたあと、月の重力に引かれて落ちたって話だ」

「でも、それが事実なら報道してもおかしくないんじゃ……もしかして、シグマデルタで報道されないだけで、地上では結構有名なんですか?」

「いや。あいつらは影響力が強すぎるからどこも報道管制が敷かれて知れ渡っていない。考えても見ろ、千年前の英雄が今も生きているんだぞ? そいつが、もしも軍隊を率いようとすれば、それだけで何万という人間が集まる。実際に公表してもいないのに集まっている。『エリクシル』をユーリ・ボイジャーは作ったんだから」


 そう言って、キティは「ハハ」と寂し気に笑った。その笑顔はなんだか悲しく失望に満ちていた。

 ロウも、笑おうとすればそんな顔になるだろう。

 ゆっくりと手を伸ばしてシルクハットを手に取る。


「キティ、さん。僕はユーリの役を演じ続けちゃダメかな?」

「ダメだな」


 即答だった。


「俺たちがやるのは戦争だ。貴族のお坊ちゃんが入っていける世界じゃない。シルクハットと虹の腕輪がお前の手に渡ったのはこちらの落ち度だが、それでもお前を関わらせ続ける理由にならない」

「でも、僕は外に出たい。友達も助けたいんだ。もうこの街は嫌なんだよ」

「諦めろ。外に出たところで何が出きる。無力な自分に打ちひしがれて故郷を恋しく思うだけだ」


 キティは自分自身の言葉に思うところがあったのか、吐き捨てるように言うと舌打ちをした。


「チッ! とにかく、こっちの不手際の責任を取って謝罪はする。お前が求めるのなら金を払ってもいい。だけど、お前は連れて行かない。話は終わりだ。俺は寝る。お前は一人暮らしか? ベッドはお前のものだけか?」


 こっちの要求を聞かないくせに人の家に上がり込んで、寝ようとする根性に少しカチンときた。

 キティは虹の腕輪を握り、僕の部屋を徘徊する。


「…………」


 言われるがまま、諦めるのか。

 このまま……。

 僕の手にあるシルクハットと、彼女が持つ虹の腕輪は運命の分岐点じゃなかったのか?

 もう運命の乗り換えをすると決めたんじゃないのか?


「待ってくれ」

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