第十二話 シャワールームにて、

 制服を脱ぎ捨てて、浴室へと入る。

 シャワーを浴びて、胸を落ち着ける。

 先ほど、『エリクシル』の三人が来たときは本当に緊張した。全く事情も知らずにただ、イフに接触するという情報しか知らないのに、そのリーダーに成りすますなんて。

 口から出まかせで何とかあの場は切り抜けたが、一時的なものだ。次は通用しないだろう。


「あの時、やっぱりシルクハットと腕輪を置いていくべきだったなぁ」


 今更になって後悔する。

 シャワーの水を浴びながらふと、顔を上げた。

 ロウの部屋の浴室には鏡が設置してある。ここでシャワーを浴びながら顔を見つめ、洗い残しがないようにチェックするのが、ロウの体の洗い方だ。

 鏡に、映っている人間がロウだけじゃなかった。


「………あ」


 ロウの後ろに、ピンクの髪とへそ出しの服を着た女の人が見える。

 キティ・ローズだ。

彼女はシャワーを浴びているロウをじっと見つめ、背中からナイフを取り出した。


「ああああああッ!」


 悲鳴を上げて振り返ると、キティは一瞬で距離を詰めて手慣れた手つきでナイフをロウの首筋に押し当てた。


「あぁ……!」


 少しでも動かせば僕の首がカッ切られてしまう。完全にキティに命を握られていた。


「さっき出ていったはずなのに……どうして……」

「単純な話だ。機体を見つからない場所に停めて、また戻ってきた。ちゃんと戸締りはした方がいいぞ? 窓開けっぱなしだった。いや、この街の市民には関係ない話か。犯罪なんてめったに起きないんだったな。ロウ……クォーツ?」


 気づかれてる。


「どうしてその名前……⁉」


 彼女の眼が偽物だと確信している。彼女の笑顔は自信に満ちている。


「僕がユーリじゃないって、いつから……」

「おう……簡単に偽物だと認めるもんじゃないぜ。あれだけ、私たちに堂々と嘘八百を並べ立てていた度胸はどこにいった? まぁ、安心したよ。万が一お前が本物のユーリ・ボイジャーだっていう可能性もあったが……それも潰してくれて……怪しいとは思い観察していた。だが、確信したのは《MF》―――《パッションコード》を見た時だ。あれにはユーリ・ボイジャーが開発に携わっていると聞いた。それを初めて見るわけないよなぁ?」

「あ」


 赤い《MF》を見た時に、僕は初めて見ると答えてしまった。

 あれが決定打になってしまったのか……!


「名前を知ったのはこれを見てからだけどな」


 そして、彼女は懐から僕のIDカード取り出した。

 『登録番号D101 ロウ・クォーツ』。名前の下には僕の顔写真が載っている。

 僕の制服から抜いてきたものだろう。


「ああ、それとこれ」


 キティの懐からパラパラとロウ当てに届いた郵便物が散らばり落ちる。


「あぁ……」


 それらすべてには僕の名前、「ロウ・クォーツ」が刻まれていた。


「セイレンは他人に興味がない、シルヴィは馬鹿。だが、俺の眼はごまかされない。お前は偽物だ」

「僕を殺すのか?」


 キティはシャワーに濡れた髪の毛をかき上げ、濡れた唇で不敵に笑う。


「確認してどうする? 俺のやることは変わらない。お前が『エリクシル』の敵ならこのナイフを引く。ただのバカな学生なら手足の腱を切ってしばらく病院のベッドの上で寝てもらう」


 ゾッとした。彼女はやる。本当に人を殺すし、手足を切って動けなくする。今の時代、手足の腱を切られても再生は可能だが、一月は体を動かすことができない。


「まぁ、だが事情は聴かなきゃならん。どうしてお前が虹の腕輪とユーリ・ボイジャーの証であるシルクハットを持っている?」

「もらったんだよ。多分、本物のユーリ・ボイジャーから」

「もらった? 嘘をつくな。そんな簡単に手放していいものじゃない」

「簡単に手放したんだよ! やる気なくして、旅行に行きたいからお前にやるって」


 シャワーの水が彼女の肌に服を張り付かせるのを見ながら、僕は答える。


「信じられないな。お前が【調律機関】の構成員で、ユーリを殺して奪ったんじゃないのか?」

「違う。【調律機関】なんて知ら……何その機関? 初めて聞いた」


 恐怖で逃げ出したくなる心を鎮めるため、何か気を逸らせるものを探して視線をナイフから逸らし、彼女の体を見る。


「僕はただ単純に……都市警察に追われた彼を助けた。それだけだ! そして、帽子は彼が僕に押し付けた。『エリクシル』なんて組織も聞いたこ」

「お前なんでにやけてんだ?」


 キティがロウの話を遮って睨みつける。


「いや、だって……」


 ロウの眼はくぎ付けだった。彼女の体に。

 露出度が高くて、薄い生地でできた彼女の服は濡れたら容易に透けていた。そして、控えめな胸の、丘のてっぺんまでうっすらと見えていた。

 多分正直に言ったら殺されるな、と思うとなぜか笑いがこみ上げてきた。


「フッ……」


 こんな状況なのに、煩悩を爆発させる自分自身に笑った。

 が、キティは勘が鋭く、自分の今の姿を見下ろし、ボンと音を立てそうなほど、顔を急速に赤く染めた。


「お前、私の胸を見て笑ったな」


 全身を震わせて怒りと羞恥が入り混じった表情でロウを見上げる。


「いや、別にそういうわけじゃないけど、でも、結構つつましやかな胸は好きだよ」

「……のようだな」


 キティの眼がロウの股間に注がれる。

 雄々しく天を向いていた。

 彼女がにっこりと笑い、ナイフを首筋から遠ざけ、ナイフを持っていない左手をおおきく振りかぶった。


 バチン! 


 凄まじい力で、首の骨が折れるかと思った。が、心底ナイフじゃなくて良かったと思った。

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