第十一話 来訪者・2

 ロウは余裕を持った笑みを浮かべてポケットからイフの学生証を取り出す。


「!」


 セイレンが驚いてパソコンの画面と僕の学生証を見比べる。

 金色のカブトムシは解せないと首を傾げる。


「ほう、どうしてユーリさんがそれを持っているのですか? 本人をここに連れてくればいいのに」

「いきなり虹の腕輪を渡して世界を進化させると言って彼女を連れて行けると思うか? 無理やり連れていくにしても、僕一人じゃどうしようもない。人手が来るのを待って、次につなげる手を打っただけだ……アカデミーで彼女に接触した」


 頭を巡らせて、少ない情報を繋ぎ合わせて今までのつじつま合わせをしていく。


「アカデミーに?」

「僕はイフ・イブセレスに虹の腕輪を渡すために入念な計画を立てていた。アカデミーに入学、もとい潜入しているのもその一つだ。僕はイフ・イブセレスのクラスメイトとして、ずっと彼女を観察してきた」

「なるほど、もう手は打っているというわけですね。素晴らしい」


 カブトムシは頷く。一方、ピンク髪の女は興味を失ったように僕から背を向け、リビングから出ていった。


「……?」

「気にしないでください。キティは猫みたいに気まぐれなんですよ」

「キティ、にセイレンね。僕は仲間が来るというのは知っていたけど、名前やどんな人間が来るのか知らないんだよ。良かったら名前を教えてもらえるかい?」

「聞いていない? それはおかしい。ヨルダから我々が行くと連絡がいっているはずですが?」

「ヨルダ?」


 セイレンのパソコンを叩く指が止まる。

 金色のカブトムシがジッと僕を見つめる。

 しまった、知っていないといけない情報だったのに、疑問を口にしてしまった……と、背中に汗がブワッと広がる。

 気づかれたかもしれない。だけど、誤魔化すしかない!


「連絡はもらっている……し情報は把握してる……が。それだと味気ないだろう。これから仕事をする仲間になるんだ。だったら、顔を突き合わせて自己紹介をしようじゃないか。な?」


 焦っているのを悟られないように笑顔をつくり、金色のカブトムシに近づき、手を伸ばす。

 ついでに、テーブルに置いてあったシルクハットをとり、頭にかぶる。


「改めてな」


 バーで見た時のように、ユーリを真似してウィンクをする。


「なるほど、確かに。味気ないというのは私としては同意です。我々はただの記号ではないのですから。私の名前はシルバリオン。亜人ゆえにファミリーネームはありません。趣味は筋肉を鍛えこと。特技はこの腕一つで《AF》を破壊できること。よろしくお願いします、ユーリ・ボイジャー」


 さらっと恐ろしいことを言って、僕の手を握る。

 固くてごつごつした手だ。優しく僕の手を取っているが、本気を出せばあっさりと風船のように弾き飛ばせるだろう。


「ああ、よろしく、頼もしいよ……」

「そうして、あちらでパソコンを操作しているのが、我が『エリクシル』生粋のハッカー、セイレン・ゴールデンベル」


 組織名は『エリクシル』ね。なるほど。

 そして、フルネームを呼ばれたセイレンはパソコンを捜査する手を止めず、片手だけ、こちらに向け、先ほどの「V」の形にした手をかざす。


「そして……あちらがキティ・ローズ」 


 どこかに行っていたピンク髪の女性が戻ってきた。

 彼女は僕の冷蔵庫のハムにナイフをフォーク代わりに突き立て、食らっていた。


「ん」


 食べるのをやめないまま、よろしくというように手をかざす。


「これが今回のイフ・イブセレス誘拐作戦のメンバーです」

「誘拐じゃねぇ、モグ……勧誘だ」


 シルバリオンの言葉に即座に反論するキティ。


「誘拐……ね」


 こいつらはテロリストなのだろうか。そうだとしたら、イフを渡すわけにはいかないのだろうが……。

 思考を巡らす。ここで下手なことを言えば、ユーリじゃないとバレる。

 だから、自分から状況を作ることにする。中枢に入って状況をコントロールしてみせる。


「具体的な作戦は決まっていたが、それらは全て今を持って破棄する。明日は僕の立てた作戦で行かせてもらう」


 強気に提案する。

 キティとシルバリオンがどう出るか顔色を伺ったが、驚きもせずに、


「はぁ……どうぞ」

「むしゃむしゃ」


 当然のようにロウの言葉に従った。

 作戦……決められてなかったのかな。


「僕は通常通り、学校に潜入して、彼女を呼びだす。プランとしてはそれだけでいたってシンプルだ」

「そんな簡単にできるんですか?」

「僕はイフとの間に信頼関係をこの半年……潜入期間中に築いている」


 イフ誘拐作戦がいつごろから計画されているのか僕は知らないので、慌てて潜入期間を濁した。


「僕が呼びだせば普通に彼女は来る。ただ、取り巻きが厄介なんだけど、キティとセイレンにはそいつらの足止めをしてもらいたい。できるか?」

「……!」


 セイレンが絶対無理とぶんぶんと首を振る。

 一方キティはジッと僕を見つめ、


「セイレンは普通にわかるだろうが極度の人見知りだ。そんなことできはできねぇ。俺がやるよ。取り巻きってどんなやつらんだ?」


 と言ってハムがなくなったナイフをくるっと回す。


「一番彼女と接触しやすくて、君たちが学校に入ってこれそうな時間は放課後だ。そこで僕は学生証を返却して、虹の腕輪を渡す。その後、僕たちの目的を伝えて……え……え、『エリクシル』に同行してもらう。それでいいか?」


 あぶない、危うくさっき聞いた組織名を思いだせないところだった。


「異論はない。シルヴィ、どうだ?」


 キティがシルバリオンに尋ねる。


「異論も何も私の名前が作戦の中に入っていなかった。おかしい、その作戦では私の活躍の場がない」


 腕を組んで僕の顔を覗き込む。

 やばい、シルバリオンにも役職を与えるべきだったか……と言われてもエデンの貴族しかいないシグマデルタで亜人のシルバリオンは目立ちすぎるし……。


「元からないんだよ。無理やりついてきたくせに。了解、スポンサー殿。作戦はわかったよ。明日またくればいいんだな」


 窓へ向かって歩き出すキティ。


「キティ? どこへ行くんですか?」

「いつまでも俺の《MF》をこのマンションの前に置いておくわけにはいかないだろう? どっかに移動させて明日また来るぞ」


 窓をあけるキティ。

 俺の《MF》と言っていたが、外は夜景しかない。一体どこにあるというのか。

 パチン!

 キティが指を鳴らす。

 外の景色が歪んだ。


「お、おおぉぉぉぉ……!」


 つい声を上げてしまった。

 陽炎のように夜景が揺れ、水面から姿を現すように真紅の鉄の巨人が現れた。

 どこまでも赤いシャープな女性的なボディに龍の刺青のような模様が全身に施され、胸の中心に大きなオーブが埋まっている。


「これが俺の亜空機―――《パッションコード》だ。初めて見るだろ? ユーリ・ボイジャー」

「あ、ああ……」


 光学迷彩を持つ《MF》なんて聞いたことがない。

 『エリクシル』とはいったいどんな組織なんだ?

 僕が驚いていると、シルバリオンとセイレンはキティに続き、窓の外に出ていく。

 《パッションコード》は手を伸ばすと、胸のコックピットハッチを開けて宿主を迎え入れる。


「じゃあな!」


 コックピットに乗り込んだ三人はこちらに向かって手を振ると、ハッチを閉じ、《パッションコード》はゆっくりとマンションから離れていき、空へ飛び上がった。

 轟音を立てて天に上り、ある程度の高さまでくると、機体が変形した。


「変形機能もついているのか……」


 パッションコードは赤い鳥の様な生物的なフォルムの戦闘機になり、飛行を続け、やがて光学迷彩が全身に施され、姿が見えなくなった。

 轟音が聞こえなくなって、ロウは胸を撫でおろした。


「……良かった。バレなかった。あ、さっき聞こえたゴオオって音、あれだったのか」


 遅れて気が付いて、《パッションコード》が見えなくなった空を見つめた。

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