第十話 来訪者・1
冷蔵庫から買いだめしておいた弁当を取り出し、レンジで温める。
『未来適正評価』でロウは集団生活が苦手で改善が難しいと判断され、一人暮らしを推奨された。
このマンションの一室、501号室はロウにとって楽園であった。夜どんなに夜更かしをしても文句を言われず、学校にさえ行けばいい。だから、適性のないベースを練習できたと言ってもいい。
温め終わった弁当をテーブルに置き、食べ始める。
「………………」
一人広い部屋で、黙々と弁当を食べる。
テレビがないわけではない。だけど、今日はつける気にはなれなかった。
部屋に満ちるのは僕の咀嚼する音だけだが、部屋に何もないわけじゃない。むしろ散らかっている。
絨毯には読みかけの漫画やろくに読みもしないファッション誌。そして、ケースにしまわれずに床に放っておかれているギターと、くしゃくしゃで散らばっている楽譜が床に広がっていた。
あれを片付けなければいけないと思うと憂鬱だ。
「どうしようかな。これから」
ボーっと考えながら弁当を食べ終わり、ぼそりとつぶやいた。
コンコン……!
謎のノック音。
部屋にロウ以外が立てたが響く。
窓を見ると人影があった。
「え」
ベランダに三人の人影があった。
カーテンに阻まれてシルエットしか見えない。
一人はスレンダーな女性、一人はスカートをはいた小柄な女の子。そして最後の一人は……体格がいいのはわかるが、ごつごつしていて全身のフォルムがつかめない。二メートル半の巨躯というのはわかるが、いたるところが角張り、鎧でも着ているかのようだった。
「開けてくれない? 窓割るぞ」
女の声が窓越しから響く。
窓を割られたらたまったものではないが、怪しい三人を簡単に部屋に入れていい物かどうか。
だが、窓を割るといった女性は片手でくるくるとナイフを回していた。
彼女はやると言ったらやるタイプだろう。
「わかりました……」
渋々従ってカーテンの隙間から手を伸ばし、窓を開けた。
その瞬間、視界が光に包まれた。
「あぶ……ッ!」
銀色の何かが高速で顔に向かってきて、とっさに頭を伏せ、
「な……!」
ドスッと何かが刺さる音が聞こえ、振り返ると、予想通りナイフが部屋の壁に刺さっていた。
「何をやっているんですか⁉ キティ! 危ないでしょう、危うく我々のスポンサーが死ぬところだったじゃないですか」
穴の開いたカーテンから紐が伸びていた。その紐は、ナイフにつながれていた。
女性は紐を引っ張るとナイフが壁から抜けて、カーテンの穴を通って彼女の元へと戻る。
「うるせぇな。死んだら死んだだよ。古典映画、『七人の侍』で仲間を集めるために扉の裏に隠れて、中に入ってきた侍に不意打ちを浴びせて実力を確かめるシーンがあっただろ。それと同じだよ」
「そんな映画、私は見たことも聞いたこともないですよ」
「…………」
巨躯の男と小柄な女の子が首を同時に振る。
「……僕は見たことがある」
ボソッとつぶやいたら、女性はこちらを指さし、カーテンをめくった。
「流石、ユーリ・ボイジャー。雑学知識も豊富と見える」
ずかずかと部屋に入り込んできたのは凛とした顔立ちの美しい女性だった。
ピンクの髪が彼女の白い肌をより際立たせ、神秘的に見せている。
露出度の高いへそ出しのアジアンスタイルが、彼女の魅力を引き立て、見惚れて硬直してしまった。
「この部屋、あんたが借りてんのかい? ここを拠点に活動してたのか?」
ナイフを机や壁になぞるように這わせる。
そうだ、見惚れてしまったが、彼女はいきなり顔に刃を投げつける危険な女だった。彼女のへそをもっと見たいという気持ちを押し殺して、彼女の目を睨みつける。
ツリ目も魅力的だな……。
「あんた……」
ピンクの髪の女性が首を傾げる。
「意外と幼い顔立ちをしてるのな。千年前の英雄って言うからもっとごつい男を想像していたよ」
僕の顔をしげしげと覗き込む。
その言葉でこの人たちが何なのか察した。
ユーリ・ボイジャーが言っていた仲間とはこの人たちの事だ。絶対に。だって、さっき僕の事を見て「流石はユーリ・ボイジャー」と言っていたもの。
さて、どうしようか……。
こうして実際に仲間がやってきたということは、あのうさん臭いユーリ・ボイジャーの言っていたことは全て嘘というわけではないということが証明されてしまった。本物のユーリ・ボイジャーというのも真実味が帯びてきた。
まさか本当に仲間が、それもこんなに早く接触してくるとは思わず、高速で頭を回転させる。
どうやって切り抜ければいいのか。そもそもごまかしたりする必要があるのか。正直に言ってユーリ・ボイジャーが逃げだしたと白状した方がいいのでは、とも思う。
「英雄にしては、コンビニ弁当なんてさもしいもの食ってるな」
女性はそう言って、ロウの弁当が入っていた容器に、ナイフを突き立てた。
ドスッという音と共に、容器ごと机に穴が開く。
黙っていよう。そう決めた。
「あ~……そうだね。まぁ、食べれればいいし、それに英雄扱いはやめてくれ。僕も君たちと同じ人間なんだ」
一応、ユーリ・ボイジャーになったつもりで当たり障りのないことを話す。
褐色の女性が「ふ~ん」とつぶやき、残りの二人が部屋に入ってくる。
床を沈ませるほどの巨躯の男は、金色のカブトムシのような姿をしていた。頭には雄々しい角に、腕や足を覆う金色の鎧。そして、黄色い目と、肌が薄く、筋肉がそのまま露出している。どう見ても普通の人間じゃない、怪人だった。
「うわ!」
カブトムシの怪人がいきなり目の前に立って、つい声を上げてしりもちをついてしまう。
亜人だ……初めて見る……。
「初めまして、ユーリさん。我々は貴方の事をなんとお呼びすればよろしいですか? 艦長はすでにおりますから、会長? ご主人様? マスターとお呼びすればよろしいですか?」
紳士的に一礼をして、怪人は顔の筋肉をくしゃりと歪ませた。
多分、彼なりの笑顔なのだろう。
「な、何でもいいです、よ」
再び、怪人の顔が歪む。眼が下がり、悲しんでいるようにも見える。
「随分、怯えているようですが、亜人を見るのは初めてですか?」
「………!」
ピンク髪の女性を見る。
彼女は僕へ疑わし気な視線を向けている。
ここで初めて見ると答えてはまずい。自分はユーリ・ボイジャーなのだ。この人たちがまだどんな人間かわからない以上、下手な答えを出して、シグマデルタの一般市民だとわかれば……最悪、殺されるかもしれない。
そう、ロウは思った。
「初めてではないです。全然、ただ金色の蟲の亜人を見るというのは初めてで、貴方の鎧の輝きについ慄いてしまっただけですよ」
自力で立ち上がると、怪人は笑顔に戻った。
「ありがとう、次は筋肉を褒めていただけるともっと嬉しい」
「あ、うん……うん?」
カブトムシの亜人の言葉に首を傾げていると最後の一人が部屋へ上がる。
ゴスロリの服を着た小柄なツインテールの女の子だ。脇にパソコンを挟んで持ち歩いている。
大きな赤い瞳でジッと僕を見上げて、
「ん」
と、中指と薬指を離して「V」の字にした手を掲げる。挨拶をしているのだろうか。
「ああ、よろしく」
僕も返してやると、ゴスロリの彼女はにんまりと笑った。
「お、珍しいな、セイレンが初対面相手に笑うなんて」
「セイレン?」
この子の名前か?
セイレンと呼ばれた少女は挨拶をし終わると、椅子に座ってパソコンを叩き始めた。
「それで、イフ・イブセレスはどこなんだ?」
ピンク髪の女性が尋ねる。
イフがどこ……多分高級住宅街にある自宅にいるんだろうと思うが、どうして僕に尋ね……。
気づいた。
ユーリから渡された腕時計型の探知機。あれはイフの学生証の場所を示していた。
つまりは、彼女たちもユーリの仲間であるの案ら、何らかの手段で、イフの場所を特定し、ここに来たと言うことだ。
そしてここにはイフのIDカードがある……そして、下手なことを言うと、あのピンク髪の女性に一突きにされそうだ。
何とかあの人たちにユーリと信じ込ませ、イフを狙う目的を聞き、帰ってもらわないと。
「イフならここにはいない。彼女のIDカードを目印に来たんだろうが……」
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