第九話 父からの電話

 繁華街でユーリ・ボイジャーを名乗る奇妙な男に、シルクハットとコート、腕輪を渡されて途方に暮れながらも、ロウは家路へ着いた。

 ロウの部屋があるマンションのエレベーターに乗りながら、シルクハットを見つめる。

 とりあえずエメラルドグリーンのコートを持って歩くのは邪魔なので着てみたが、シルクハットをかぶって歩くのは目立ちすぎる。だから、被らずに来たのだが……これをどうすればいいのだろう。

 もしかして、本当にユーリ・ボイジャーだったのだろうか。

 そんなことを思っていると、部屋がある五階に到着し、とたんに携帯端末が鳴る。


「もしもし」

『私だ』


 父の声だった。

 かけられた要件についてだいたい察しがついてしまい、嫌気がさす。


『お前は都市警察に捕まったそうだな』


 父の声を聴きながらエレベーターの外に出る。


「………そのことは十分アカデミーでウェールズお叱りを受けたよ」

『まったく……貴様はどこまでこの父に恥をかかせるつもりだ。家を追い出してもまだ迷惑をかけるとは』

「世間体を気にする父さんにはわからないと思うけどね。僕にだってやりたいことはある」

『ほぅ、知らなんだ。貴様はミュージシャンになりたかったのか。そこまで音楽が好きなようには見えなかったが、才能があっても生き残れるかどうかわからん世界に身を投じるほどだとは思わなんだ』

「それは……まぁ……」


 なりたい、わけじゃない。

 バンドを組んで、みんなで何か自分たちだけにしかできないことをやりたかっただけだ。腹を空かせて血がにじむ思いで努力をする覚悟があるかと言われれば、それは、ない。


「うるさいな。とにかく、僕はやりたいことがある。そしてそれは、父さんの家を継ぐことじゃない」

『どちらにしろ、貴様のような何を考えているかわからん化け物に家を継がせるつもりはない』

「……誰が化け物だ。ただ、公園で違法なライブをしただけでそこまで言われるいわれはないわい!」


 息子をこうまで罵る親とはもう一秒たりと長く話したくはない。


「お叱りはすんだ? じゃあ、要件が終ったら……」

『それだけではない。さっき大家に連絡してお前の部屋の契約を打ち切らせてもらった。荷物をまとめておけ』

「そんな! いきなり、家に帰れっていうの⁉ いきなりそれはあんまりだ!」


 だが、父の答えは僕に追い打ちをかけた。


『誰が貴様を家に戻すか。貴様は身分ゆえに再調律を免れたそうだが、やはり受けた方がいいだろう。私の方で再調律の手続きをしておいた。荷物をまとめてウチに預け次第都市警察に出頭しろ』

「なっ……!」

『そこで真人間になって、今度こそ全寮制のアカデミーに入れなおす。二度も調律を受ければ、協調性も少しはつくだろう』

「今の学校もやめろって⁉ 一体どこまでむちゃくちゃな親なんだ!」

『貴様が招いたことだ。全く、どうして貴様のような化け物が内の家から出てしまったのか……』

「誰が化けも……! お~い、父さん? 切りやがった。こっちがまだ話してるっていうのに!」


 こっちの言い分を聞かずに、父からの通話は打ち切られ、携帯を床に叩きつけたい衝動に駆られる。


「……まったく」


 怒りを抑え、全身から力が抜く。そしてそのまま、壁に寄りかかる。

 入学してからずっと暮らしてきたマンションを追い出されるとは……、自分のせいと言われればそうなのだが、気落ちする。しかもそれが終ったら警察に出頭して檻の中に入れられ、社会に相応しい人間になるように教育を受けなければならない。

 壁に押し付けらたコートにしわが寄る。


「……へっ、いいもん。どちらにしろそのうちこの部屋を出るつもりだったし。イフに渡せば、その後、その後……」


 シルクハットと虹の腕輪を持ってきてしまったが、どうすればいいのか聞いてない。

 とりあえず、虹の腕輪をイフ・イブセレスに渡せばいいのだろうけど。

 仲間がいるからそいつらに聞けと言っていたが……。


「仲間?」


 仲間がいる……今そいつらはどこにいるんだ?

 虹の腕輪を持っていると、そいつらが接触してくるのではないか?


「まぁ、その時はなるようになれだ」


 ロウの部屋、504号室の前に来る。

 扉の隣のポストには郵便物がたまり、イソギンチャクのように刺さっている。


「めんど……」


 と、思いながらも、ロウ当てに来た書類や、手紙を一つ一つ抜いていく。

 そんな作業をしていると、ゴオオという排気音がマンション中に響き渡り、強い風が吹く。


「まだ、《プシュケロス》が飛んでいるのかな?」


 今日は都市軍の《AF》がずっと飛んでいて騒がしい日だと思いながら部屋へ向かい、扉を開ける。


「……こんなに《プシュケロス》が飛んでるってことは、それだけ都市軍が動く理由があるわけで……本当に、あの人はユーリ・ボイジャーだったのか?」

 みすぼらしいあの男の顔を思いだす。

「まさかね」


 その考えを打ち消して扉を閉めた。

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