第七話 ユーリ・ボイジャー
男に誘われるがまま、バーの中に入り、奥のおしゃれな水槽が飾られている手前の席に座る。水槽のガラスに特殊な細工が施してあり、中の水が虹色に見える。
男はシルクハットを投げ、器用に帽子掛けにかける。
「ささ、何でも飲むといい。君は何が好みだい? ワイン? ウィスキー? そういえば最近は火星の第十のビールというものが出たらしい。それでも飲むかい?」
「僕はまだ学生です。酒なんて飲めませんよ」
男はしゅんと落ち込んだ。と思ったらすぐに立ち直り、カウンターに向かって「ウィスキーを一本」と元気よく頼んだ。
「学生なのにこんな店に来るとは、君は不良というやつだね」
「あなたが誘ったからでしょう?」
「そうだったか?」
男はとぼけて首を傾げる。
この男は剽軽なようで、こちらを飲み込もうとするような得体の知れなさを感じる。やはり、この男と一緒にいるのは危険な気がしてきた。
「そうそう、僕の仕事の話だけどね」
そうして、男は懐をあさり始める。
男が懐から取り出したのは白金の腕輪。
「それって……」
腕輪には十二の宝石が埋められていた。
赤、紫、黒、白、緑……と、どれも色が違い、輝きを放っていた。
「これを、しかるべき人間に渡さなければいけない」
テーブルに腕輪を置く。
「何です、これ? 手にとっても?」
男は頷くと、白銀の腕輪を手に取る。
見れば見るほど不思議な腕輪だ。十二の宝石以外に装飾は何もないシンプルな腕輪なのだが、言い知れぬ力を感じる。
「虹の腕輪。そう名付けた。あ、どうも、ありがとうございます」
男が腕輪の名前を言うと同時にテーブルにウィスキーと二つのコップが置かれた。
「虹の腕輪……高いんですか?」
「値段を付けたら天文学的になるんじゃないかな。この世に一つしかない腕輪だからね」
そう言いつつ、男二つのコップ、両方にウィスキーを注ぎ始める。
「僕はまだ学生です」
「多少いいだろう。友好の盃だ。俺と君との」
ロウは腕輪を置いて、コップに注がれるウィスキーを止めようと、手を伸ばす。
男はジッ、と僕の目を見た。
「そうか、やっぱり君もこのつまらない街の一部のつまらない男であったか」
その言葉にカチンときて、男を睨みつけた。
「言っておきますけど、僕は……! この街で飼われているのも分からずにのうのうと暮らす貴族たちとは違う」
「なら、これを飲みたまえ」
男はなみなみと注いだウィスキーを差し出す。
「いや、それとこれとは話が違うんじゃ……」
そう言いつつもコップを手に取る。
「我々の友情と、君の反逆に乾杯」
男は僕のコップに自分のコップをぶつけると、一気に飲み干した。
「フゥ~……やっぱり酒はいい、嫌なことをすべて忘れることができる。さぁ、君も飲め」
「……わかりましたよ」
ためらいつつも、ウィスキーがなみなみ入ったコップを口元へ持っていく。
一気に飲み干すようにあごを上げる。
唇を結んだまま。
ウィスキーは唇にとおせんぼされて、口内への侵入を許されずに全く流れることなくコップの中で波を作る。
「フゥ……」
飲む勇気が出ずに、フリだけをして、コップをテーブルに置く。
「素晴らしい」
男は僕が飲んだと思い込んだようだ。嬉しそうに笑っている。
「それよりも、そんな高価な腕輪。今日初めて会った僕に渡さないでくださいよ。傷をつけても僕は責任をとれませんよ」
酒を飲んでいないことを見抜かれたくなかったので、【虹の腕輪】を指さして話題を作る。
「別にいいんだよ。どちらにしろ他人の手に渡る者だからね」
「しかるべき人間って言ってましたね。誰なんです?」
「この世界を書き換えるにふさわしい人間。選ばれし者、というやつだ」
「……あなたは宗教家ですか?」
男の口ぶりから怪しい新興宗教の臭いを感じて、警戒する。
男は大笑いして、膝を叩いた。
「ハッハッハ! 全然違う。まぁでも、一般人からすれば怪しいという点からすれば違いはないかな。俺は活動家だ。この世界に平和をもたらすために頑張る。反政府団体のリーダー」
口調は明るいが、つまり自分は大悪人だと告白したことになる。
僕の警戒心は増していく。いつでも逃げられるように、店中を見渡して退路を確認する。
男は僕が警戒しているのを気づいているのかいないのか。話を続ける。
「まぁ、それだけだとお金が足りないからね。ほかにも副業をいろいろやってる。副業が軌道に乗って来たから、本当にやりたい活動を始めたって面もあるんだけどね。そうだな。俺は活動家であり、機械工業の社長でもあり、伝記の作者でもあり、タイムトラベラーでもある」
タイムトラベラー?
いろいろてんこ盛りな役職を並べたが、一つぶっ飛んでいるものがあったぞ。
「失念していたよ。そういえば自己紹介がまだだったね。俺の名前はユーリ・ボイジャーだ。よろしく。君の名前は?」
ユーリ・ボイジャー……。
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