第二話 未来適正評価
夕日が差し込む進路指導室でウェールズと向き合う。
顔に当たる夕日の熱を感じながら、過去の地球でも同じ熱を体感していたんだろうかと漠然と思う。
「……以上の事から君の『未来適性評価』は「D」のまま変わらず。一年間ずっとだ。聞いているのか? 『ID:
先日の罪状を読み上げていたウェールズだったが、ロウがボーッとした様子で、話が右耳から左耳から抜けて言っていると悟り、鋭い声で刺す。
「聞いてますよ。市民番号で僕を呼ばないでください。番号で呼ばれるのは……何というかこう……生理的嫌悪感を感じます。先生にだってわかるでしょう? 自分が個人でなくてただの物のように感じる。僕の意思が存在しないような……」
「わかる。だから、呼ぶのだ。『ID:
眉が片方上がる。
「そうですか、わかりましたよ。『ID:
「……………」
ウェールズは市民番号で呼ばれても、ジロリと僕の顔を見つめるだけだった。
そして、先ほど読み上げた都市警察から届けられた報告書に目を落とす。
「君は先日、セントラル地区中央公園のステージで、下手糞な歌を市民に聞かせて街を荒らした」
「荒らしていません、ライブをしただけです」
「荒らしている。君たちの遺伝子データから算出された『未来適性評価』で音楽的才能の判定で「B」以上の者はいなかった。このシグマデルタでは才能のないものが、歌を歌うなどは許されない」
「「C」はいましたよ。ボーカルのフレイアです。確かに他は「D」でしたけど……」
「そうだな。なのに、君たちは皆「A」で音楽コースを受講していると、公園の管理者に嘘をついた」
「嘘はついたけれど、僕たちは歌を聞かせただけですよ。誰にも迷惑はかけていない」
ウェールズは呆れたように息を吐き、眼鏡をはずした。
「ロウ。わからない奴だ君は。『未来適性評価』というものは、常に正しいものなのだ。人が生まれ持つ遺伝子には、みな個性があり、向き不向きが存在する。その人間が将来どんな人生を歩んで、どんな職業について、どんな人間と結婚して、どんな死に方をするのか。最も適切な道が決定づけられる。評価という形でな。これはとても幸福なことだ。だから、君がどんなに抗議しようとそれは覆されない。君の運命はもう決まっている。君たちには音楽活動の資格はない。だから、とっととその……何とかとかいうバンドを」
「情報がまるでないじゃないですか。『ノーヒントパズル』ですよ」
「その『ノーヒントパズル』とかいうバカバカしい名前のバンドを解散させて、ギターを握っていた手にペンを握らせろ。君の『未来適性評価』上の設計・演算のセンスは「A」を叩きだしている。君は技術者になるべき人間なんだ。君には技術職しか道はない」
「バンドはどちらにしろ解散ですよ。ランドもウィンディも、フレイアもみんな都市警察に捕まって牢屋にいる。まだ解放されていない。先生、どうして僕だけが釈放されているんですか? そもそも、適性外だからって、たかが公園のライブステージに立っただけ。一回目です。それで投獄なんて……そんなにいけないことですか?」
ロウはウェールズを睨みつけ、机の上に肘を乗せて体を乗り上げる。
自分はなにも間違っていないと主張するかのように。
だが、ウェールズの全く表情を動かさなかった。
「そうだ。それがこの空中都市シグマデルタの法だ。第二の地球―――エデンの空の上に浮かぶ唯一の絶対平和都市。それが今、君や私が踏みしめている大地だ。平和を維持するために争いの種は摘まなくてはならない。そのために個人の意思、趣向などは切り捨てられる。いい加減に理解するんだ。『ID:No《ナンバー》―――D101』ロウ・クォーツ」
〇
地球から7528万キロメートルはなれた場所に存在する、惑星エデン。
万能粒子【ナノマシン】の手によって地球に似通った、いや、それ以上の豊かな環境を生み出した。【ナノマシン】は元あった地形もプログラミング通り、いやその想定を超えた〝書き換え〟をし、地球とはまた違う特異な環境を生み出した。
大陸は三つに分かれ、豊かな土壌を持つ巨大な三角形の大陸。名前はそのまま〝トライアングル大陸〟。
そして、荒れ地が広がり、ほとんど人が住んでいない〝ループ大陸〟
【ナノマシン】の活動がいまだに激しく、人が足を踏み入れることさえ困難な〝スクエア大陸〟がある。
〝トライアングル大陸〟は地域によってはっきりと環境が別れており、そこに住む人間はその土地にふさわしい国家を作り上げた。
北部の火山帯に住んだ人間は赤灼ノ国―――ボルカニック・クルス帝国を。
南部の豊かな海に面した海岸に住んだのは青海ノ国―――ジャンティーレ・タルタルガ共和国を。
西部の砂漠地帯に根を張った人々は黄砂ノ国―――アルマゥ・ラース王国を。
東部の小さな鉱山付近に住んだ人間は銀街ノ国―――シルバード・ドレス民主主義国を。
中央の巨大なジャングルに住み着いた人たちは緑樹ノ国―――ウェチノス・レース首長連合国を。
地球以上の多種多様な環境に合わせた、それぞれの色が出た国家。
故に価値観も地球のそれの時代とは異なる。
何しろ、エデンに住んでいるのは人間だけではない。当然動物もいるが、昔のSF映画で出るようなトンデモ生物のようなものもいる。
巨大な金属でできた砂漠を潜る巨大ミミズ。
半分体を機械化した巨大ゴリラ。
二本足で歩き人語を介する黄色い兎もいれば、深海で暮らす人魚もいる。
それらのほとんどは【ナノマシン】のによる産物で、テラフォーミングの最中、地球から贈られた資源をプログラムから外れた〝書き換え〟をしてしまい、新しい進化の形を生み出してしまったのだ。
テラフォーミングも万事計画通りとはいかないのだ。
全ては【ナノマシン】のおぼしめし。
そして―――そういう生物が生息する五つの国家のはるか上を飛んでいるドーム型の空中都市がある。
それが、空中都市シグマデルタ。通称、白天ノ園。
住んでいるのはほとんどが政治家や起業家のような特権階級の人間で、政府に厳格に管理されている。
生まれた時から『未来適正評価』で遺伝子に宿る将来的な身体能力、学習能力から就くべき仕事、それに行きつくための歩むべき人生を設定され、その通りに人生を歩んでいるかどうかをその都度、修正していく。正しく『未来適正評価』通り人生を進んでいる者には「A」判定を、大きく外れている者には「D」判定。
主にアカデミーの教師や、都市警察から加点制で判断さる。
それは、人類が争いなく幸福に生きていける一種の戦争抑制政策だった。生まれた時の才能で人生をそのまま決めることこそが人間の幸福につながると。実際、シグマデルタができてから四十年余りだが、大きな犯罪は起きていない。盗みや暴行事件は流石に防げはしていないが、殺人や放火のような重犯罪は四十年間で0件という驚異的な数字をたたき出している。
そして何よりも、都市民にゲリラ的に行った「今幸福を感じているかどうか」というアンケートでは九割の人間が幸福だと答えた。
争いの絶えないエデンの空の上で唯一存在する理想郷―――それが、空中都市シグマデルタだ。
そして、この物語の主人公ロウ・クォーツは「幸福ではない」と答えた一割側の人間だった。
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