第1話
死んだか……。
小夏は瞬時に悟った。本を読みながら歩く、というのは危険だと分かっていた。だが、どうしても続きが気になって気になってたまらなかったのだ。
ミスった。死んでしまった。
小夏は悔しい気持ちになった。本の続きが気になる。こんなことだったら、ちゃんと家で読めばよかった。
そこまで考えて小夏はおかしなことに気づいた。
「俺ってそんなに本好きだったか……?」
活字なんて、2ページでギブアップだったはずである。……まあ、そんなこともうどうでもいいか。
小夏は気づくとばちっと目を開けていた。
「ここはどこだ」
そう、今小夏は硬いベッドの上で寝かされていた。病院ではない。周りを見れば一目瞭然だ。狭い部屋に小さな丸い木のテーブル。そして、このベッド。部屋にドアはなく、廊下が見える。木造建築、ログハウスみたいな感じだ。暗い色の木でこの建物は作られているようだ。
小夏は体を起こそうとした。だが、起こせなかった体が鉛のように重いのだ。
小夏はしょうがなく目を閉じて考えることにした。まずここは、どこなんだ。この様子だと死ななかったようだが、とりあえず、ここはどこなんだ。
「……」
小夏はため息をした。小夏は考えることが大の苦手であった。考えることを放棄しようとしたその時だ。
「聖女様が勇者様を召喚したらしいねぇ」
突然、どこからかお年寄りの声が聞こえてきた。
小夏は思わず息を潜める。おそらく窓の外からだろう。足音が近くなってきた。
「んだねぇ。でも、わし聞いたんだけどね、勇者様起きないらしいよ」
「あんらまぁ~!それはどしてなんだい?」
「こっちに連れてくるには、向こうで死なせないかんのじゃと。そいで、負荷がかかるらしいのよ」
「あんらまぁ……それは気の毒ねぇ」
声が遠退いていく。小夏は安堵の息をついた。さっきの人たち、喋り方的に悪い人たちではなさそうである。
もう一度、ぐっと小夏は力を入れた。すると、
―――ミシミシミシ
というベッドの軋む音と共に、体を起こすことができた。よし、と思って腕を伸ばして伸びをする。そして、ベッドから降りて歩き出そうとしたが、小夏はその場で倒れてしまった。
□
くんくん。小夏は美味しそうな匂いに目を覚ました。
「あっ起きた!……おねーちゃぁぁぁぉん!!」
いきなり、耳元から大きな声が聞こえた。思わず小夏は顔をしかめる。
そして、声の方に顔を向けた。そこには人形がこちらを向いて座っていた。ばっちりと目が合う。気味が悪い、と小夏は思った。のっぺりとした陶器のような肌は生気を感じないし、何より目がずっと寝ている間こっちを見ていたのかと思うと背筋に寒気が――――
「わたしはノーチェ=ウォールナット!わたしがあなたをこの世界に呼んだのだ!」
突然、人形が言葉を発した。小夏の目を見てしっかりと喋った。小さな口が動いていた。
「今、お姉ちゃんを呼んだから心配しないでね」
小夏は強く目を閉じた。
これはきっと幻覚である。それと、幻聴か。
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