勇者はエイユウ

海野なつほ

プロローグ

その日はちょうど満月の夜だった。空気がピンと澄んでいて雲はなく、くっきりと美しい輪郭が見える。道行く人はみな、空を見上げて大きな月に感動していたのだ。


しかし、その場で一人だけ地面を向いているものがいた。井原小夏という名の男である。彼は歩きスマホ、ではなく、歩き読書をしていた。まったく迷惑な話である。塾の帰り道、暗い歩道で歩き読書。眼が悪くなるぞ、と言いたい。

それに他にも言いたいことがある。


「あっ、すみません…」


ほーらね!人とぶつかった!!って、こいつまだ歩き読書やめない気だな。いい加減、本を鞄にしまえ。前を向いて歩け。


………?


えっ!ちょっと!!まだ赤信号だよ?!



その瞬間、彼はトラックに撥ね飛ばされた。彼は大きく宙に浮くと、地面に思いっきりダイブ。

ゴキッという明らかに首が折れる音がした。



あーあ……言わんこっちゃない。自業自得だねこれは。運転手の人かわいそ。


――――道路に赤いしみが広がってゆく。






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