第2話

 


 結局、結香が仕事の代行をした。――夕方、結香から電話があった。


「今、仕事終わって帰るとこ」


「ありがとね」


「ううん。段ボール作ったり、シール貼ったりして、結構、面白かったよ」


「ご苦労さん」


「武藤さんの役に立ててよかった」


「こっちこそ、ありがとう。私のほうも助かった。ケガが治ったら電話する」


「うん、分かった」


「じゃあね。あっ、明日は学校行きなよ」


「うん」


「それと、化粧、ちっと濃いから、薄めにしな」


「うん。……そうする」


「それと、スカートからけつ見えてるし。もう少し長めにしたら」


「プッ。分かった」




 数日後。傷が癒えた晶子は、結香と待ち合わせた。素っぴんに近い薄化粧の結香はTシャツにジーパン姿だった。晶子のほうは、カーキのシャツに白いパンツだった。


「武藤さん、カッコいい。この間と全然違う」


「そう?あれは仕事着だからよ。仕事を離れれば、オシャレの一つもするわいな」


「見違えた」


「結香ちゃんだって、ナチュラルで素敵じゃない。ケツ出してないし」


「プッ。あ、これ、作業確認票」


 結香が、仕事の代行をした証拠を見せた。


「スゴい。“優”じゃない」


「全員、“優”だったよ」


「サンキュー。さて、予定ある?」


「ない」


「この間のダチは?」


「……会ってない」


「なんで?」


「……なんででも」


 結香は俯くと、ストローに口を付けた。


「……何しよっか。映画でも観る?」


「うん、いいよ」


 笑顔を向けた。



 スリラー映画を観ると、居酒屋に入った。


「結香ちゃんは未成年だから、ソフトドリンクにしな」


 メニューを手にしながら結香を一瞥いちべつした。


「えー?少しなら飲んでいいでしょ」


 口を尖らせた。


「じゃ、一杯だけね」


「やった。私、チューハイ」


 店員の若い男に注文した。


「私も同じものを」


「チューハイ、2丁、承りましたぁ」


 ユニークな言い回しの店員が背を向けた途端、二人は吹き出した。


「何食べよっかな。結香ちゃんも好きなの食べな」


「うん、選んでる」


「最近、ビタミンC不足だから、サラダと肉野菜炒めにするかな。結香ちゃんは?」


「んとね……、最近、カルシウム不足だから、ぶり大根とじゃこサラダにする」


つうじゃん。酒のさかなにもなるしね」



 ジョッキが来ると乾杯した。


「う~ん、うまい」


 晶子がオヤジみたいな表情をした。


「……あのう」


「ん?」


「治療費とか、バイトして必ず返しますので」


「うむ……。それは助かるけど、すぐじゃなくていいからね。少しは貯金あるし」


 店員が置いたサラダに箸を付けた。


「それと……、警察に連れて行かないで、……ありがとうございます」


 頭を下げた。


「だって、私だってイヤよ。事情聴取って言うの?色々訊かれるんでしょ?私が不良だったのバレるのイヤじゃん」


「えっ、不良だったんですか?」


 結香が目を丸くした。


「まぁね。けど、結香ちゃんみたいにヘビーじゃなかったわよ」


「……」


 結香が俯いた。


「縁があってさ、こうやって知り合ったんだから言っちゃうけど、生活荒れてない?」


「……」


 結香が小さく頷いた。


「原因は自分で分かってる?」


 その問いに、結香が頷いた。


「聞かせてくれる?」


 ジョッキを傾けた。


「……中1の時、父さんが女作って、家、出てった。……母さんは水商売やってる。……いつも一人ぼっちで寂しかった。不良しないと友だちできないし、……ヤケになって」


 ジョッキに口を付けた。


「自分のこと、よく分かってるじゃん。その冷静さなら、立ち直れるよ。今からでも全然遅くない。人生、やり直してみる?」


 その問いに、結香は口を固く結ぶと、晶子を見ながら頷いた。


「よーし、約束だよ。武藤のオバサンも一人ぼっちだけど、あんたの嫌いなリュックおんぶして頑張ってんだから、クソガキのあんたが頑張れないわけないじゃん。ね?」


「プッ。うん」


「よーし。じゃ、二人の出会いと、結香の再出発を祝って、カンパーイっ!」




 次の土曜。お茶でもしようと思い、結香に電話をした。だが、「――電波の届かない場所にいるか――」何度かけても、それだった。電話に出られない時は必ず、“伝言メモ”にしていると言った結香の言葉に反したその状況は、晶子を不安にさせた。


 居ても立っても居られず、携帯に登録してある結香の住まいに向かった。――要町にあるそのマンションの703号室は静まり返り、チャイムを押しても応答がなかった。「母さん、水商売やってるから」結香の言葉を思い出した晶子は、管理人に母親の勤め先を訊いた。

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