第3話
〈
この女が結香の母親か……。厚化粧をした結香に似ていると、晶子は思った。
「いらっしゃ……」
場違いの女客に面食らっていた。
「私、武藤と言いますけど、失礼ですが、結香さんのお母さんでしょうか」
「そうだけど、また、警察?」
母親が
「……また、警察って、結香が何をしたんですか?」
「……あんた、誰?」
「友だちです」
「友だち?……随分、歳が違うね。私の友だちってんなら分かるけど」
母親は、灰皿の煙草に手を伸ばした。
「歳の離れた友だちがいてもいいでしょ?それより、結香ちゃんが何したんですか」
「……殺されましたよ」
母親は、横を向いて煙を吐いた。
「えーっ!……こ、殺された?」
晶子は、自分の耳を疑った。途端、結香との出来事が走馬灯のように駆け巡った。
「ど、どこで、いつ?」
「あんた、ニュース見てないの?×日の夜よ。池袋のラブホテルで、首を絞められて」
「……」
その事件は知っていた。だが、身元が判明する前だから、当然、名前は出ない。……あの、殺害された高校生が結香だったなんて……。×日と言えば、結香と居酒屋で呑んだ翌日だ。
「で、犯人は?」
「……いや、まだ」
母親は
母親の「……いや、まだ」には、「捕まっていない」と続くのだろうが、「……いや、まだ」で、口を
カランコロン。ドアベルが音を立てた。
「あら、スーさん、いらっしゃい」
――結香との短い付き合いが、自分の人生のすべてだったかのように、結香とのシーンが頭にこびりついて、鉄兜のごとく覆い被さっていた。「ウザいんだよ!」「オバサンっ!」「ババーっ!」……。結香の汚い言葉が、いつまでも耳から離れなかった。
結香。誰に殺されたの?……どうして、ラブホテルなんかに居たの?やり直すって、約束したよね?……なんでだよっ?なんでだよっ!「結香のバカヤローっ!」晶子は、星も見えない都会の空に向かって怒鳴ると、声を上げて泣いた。
翌日、図書館に行くと、結香の事件が載った新聞を漁った。
【――女子高生は、ベッドに仰向けの状態で倒れており、着衣に乱れはなかった。死因は、首を絞められたことによる窒息死。死亡推定時刻は、×日の午後6時半前後とみられ、先にホテルを出た中肉中背の男は、黒っぽい野球帽に黒っぽいジャンパーだったとのこと。年齢は40~50歳ぐらい。被害者の財布や携帯電話がないことから、行きずりと顔見知りの両面から捜査をしている】
いや、行きずりなんかじゃない。やり直すと約束したんだから。それに、あの母親の様子からして、絶対、顔見知りの犯行だ。……結香にはボーイフレンドはいなかったのかな……。
母親から話を訊こうと思い、菓子折りを手土産にすると、要町のマンションに向かった。――時間を見計らって訪ねたものの、母親は化粧っけのない寝起きの顔を眩しそうに歪めた。
「――結香ちゃんにボーイフレンドはいました?」
「さぁね。娘のことは関知しなかったから」
インスタントコーヒーを淹れながら、上の空で答えた。2LDKの部屋を見回すと、リビングにも、結香の部屋だと思われる机の見える部屋にも、結香の遺影は無かった。
「日記帳とかは?」
「さあ……。私はあの子の部屋はいじったことないから」
母親は、コーヒーカップを晶子の前に置くと、ガラスのテーブルを挟んだ。
「日記帳を探してもいいですか?」
「……そんなもの探してどうするの?」
煙草に火を付けようとした母親が
「どうするって、犯人を捕まえたくないんですか?」
「そんなのは警察がやってますよ。日記帳があったら押収してるでしょうよ」
レースのカーテンを引いた窓辺に顔を向けた。
「……どうして、ラブホテルなんかに」
「さぁね。あの子に訊いてみないと分かりませんよ」
感情を抑えていた晶子だったが、母親の結香に対する愛情の無さや、
「おいっ、こらっ!死んだ結香にどうやって訊くんだよ。あー?」
突然の晶子の剣幕にびっくりした母親は、指に挟んでいた煙草をレザーのソファに落としてしまった。慌てて拾うと、呆気に取られた顔を向けた。
「あんた、それでも母親かよ。てめぇが産んだガキだろが。私は結婚したこともなけりゃ、子どもを産んだこともないけど、人並みに愛情の
「……」
煙草をもみ消した母親は、居心地が悪そうにソワソワしていた。晶子は、ジャケットの中のシャツの
「ほら、見なよ」
と、左肩を出して、シャツを捲った。
「おめぇのガキに傷つけられた
母親は目を丸くしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます