第12話

翌日の早朝、フランソワは緊張していた。

この日は昼に、ロイドと一緒に食事をすることになっている。勿論、目的は婚約破棄についての調査結果報告ではあるが、フランソワのなかではもうひとつあった。

婚約を破棄され、ただの村人に戻ってしまった自分に目をかけてくれ、さらにはリスクを冒してまで自分のために調査を続けてくれているロイドに対しての感謝を伝えたかった。

それ故に昨晩は必死になって、ロイドをどこに招待するか考えた。考えに考え抜いた結果、なんとか結論を出すことが出来た。

今、フランソワが緊張している理由はその事だ。つまり、自分の招待をロイドは喜んでくれるか、それに対する不安と期待の気持ちで胸がいっぱいだった。

道端で石炭を売る仕事をしている最中、その事ばかりがどうしても頭の中を右往左往する。

それによってフランソワはまともな仕事が出来なかった。やはり工場での作業とは違い、セールスは考えごとをしながらでは出来ないのだ。








石炭はいつもより売れなかった。

フランソワはしっかり集中して仕事に取り組むことが出来なかった自分を責めたが、ロイドのことを考えると、今日は例外だと割り切って頭を切り替えることが出来た。

野菜売りの仕事を解雇されてからというもの、フランソワは昼の間、自由な時間が生まれていた。といっても、それは収入が減るということを意味するので決して喜ばしくはなかったが、こんな日にはかえって丁度良いと思った。

気分を落ち着かせ、リラックスしながら街をぶらぶらと歩く。幸い、一般民衆はついひとつき前に起きたドリス王子の婚約破棄という出来事を既に忘れ去り、フランソワが街を闊歩してもいちいち気にするものなど誰1人としていなかった。

もっとも、フランソワの透き通るような美しさに振り返る者は少なくなかったが。















約束の時間がきた。

仕事のないフランソワがひと足早く待ち合わせ場所に着いてしばらく待っていると、丁度ぴったりの時間にロイドは車に乗ってやってきた。

真っ黒な高級車を運転しているのは、見慣れた執事だ。ロイドは車から降り、フランソワよりも若干遅れたことを詫びる。

相当に身分の高い王族の一員であるにもかかわらず、細かいところにまで気をつかうことが出来るロイド。

フランソワはロイドのそんな一面に対しても尊敬の念を抱いていた。













「フランソワさん。今日はどこに招待してくれるのですか?」










早速ロイドはたずねる。心なしか少し楽しそうだ。











「ええ。ロイド様。ご案内いたしますわ」











「はい」









2人はロイドの執事を伴い、市場の方へと歩いていった。



「こ、ここですわ」










「へぇ!」











フランソワは、ここに来て少々自信を失った。

やはり、王族の人間に対してはより高級なところに案内した方が良かったのかもしれないだとか、色々な心配が急に込み上げてきた。

現にロイドは非常に驚いている様子で、執事に至っては怪訝な顔をしてその光景を見つめている。













「お、お坊っちゃま。貴方ともあろうお方がこんなところにいてはなりません。

帰りましょう。フランソワ君!君も失礼だぞ!」












「え、す、すみません……」












フランソワは動揺している。執事は御構いなしに、車を手配しようと来た道を引き返し始めた。












「執事!待ちなさい!」











「はっ!なんでしょう、お坊っちゃま!」












「執事、今フランソワのことを失礼だと言ったね。だけど、僕は君の方が失礼だと思う」












「えっ」













「フランソワさんがどんな気持ちでここに招待してくれたか、確かに僕には分からない。

だけど、理由はきっとあるはず。それを知ろうともしないで、フランソワさんの思いを踏みにじるのはいかがなものか。

僕は場所に関係なく、フランソワが招待してくれたことに感謝する」












「はっ申し訳ありません!」











「僕じゃなくて、謝るならフランソワさんに謝ってくれたまえ」











「はっ申し訳ありません!」












執事はくるりとフランソワの方を向き、深々と頭を下げ、謝罪した。フランソワはいたたまれなくなり、気にしないで欲しいということを必死に伝えた。

こうした一悶着があったのも、フランソワがロイドを連れてきた所が、例の野菜売り場だったけらだ。確かに執事が腹を立てるのも無理はない。王族の人間が市場の中の小さな野菜売り場に立ち寄るなど、本来ならばあるはずのないことだからだ。

この件に関しては、ロイドが寛大だというだけなのだ。













「ちょっと待っていてくださいね!」











フランソワは野菜売り場の方へ行き、ロイドと執事は近くのベンチに腰掛けた。

ロイドが座ろうとすると、執事がロイドを制し、ベンチを一旦ハンカチで払うところを見ると、やはり王族の気高さを感じる。

しばらくすると、フランソワは野菜を袋に入れて持ち、ロイドの元に戻ってきた。











「ロイドさん。おイモです。どうぞ!執事さんも」










「ありがとう」









「おっこれはかたじけない」












微妙な表情で手に持ったイモを見つめる執事とは違い、ロイドは躊躇なく噛り付いた。












「おっ。美味しいですね!今までには食べことのない味です」










「本当ですか!良かった〜」









自分が勧めたものを喜んで食べてもらえるということが、こんなにも嬉しいことだとは思わなかった。しかしさらに、ロイドは嬉しいことを言ってくれた。











「なんだか…このイモからは、優しさを感じます」










「優しさ…ですか?」










「はい。この優しさは、宮殿にいるどんな一流料理人でも作ることの出来ない、唯一無二のものだ。栽培した人の思いを感じます。

きっと、良い人なんでしょうね」











ロイドは満足そうに笑う。

フランソワは感激した。今すぐにでもその言葉を主人に伝えてやりたいと思った。

本当にロイドは良い人だ。

ロイドを野菜売り場に招待して本当に良かったと、心からそう思った。












「喜んでくれて何よりです!」











「こちらこそ、こんな素敵なところを教えてくれて、どうもありがとうございます!」












ついでにいうと、執事も最初は怪訝な顔をしていたが、イモをひとくちでも口にするや否やその甘美な味わいを絶賛した。









その後、ロイドとフランソワのふたりは他愛もない話で、和気あいあいと盛り上がった。

以前と比べて、かなり打ちとけた様子である。

お互いがお互いを尊重しあい、信用しあう。

フランソワは、婚約破棄の件が解決したらロイドとこのように食事をとることが出来なくなるということに、寂しささえ感じていた。

それ故に、会話には思う存分楽しんだ。

ロイドの方はというと、こちらもとても楽しそうだ。

さて、散々話した後、いよいよ本題に入る。













「フランソワさん。例の件に関してですが」










「はい」










先ほどまでのラフな雰囲気とはうってかわり、緊張感が漂い始めた。

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