第三十一話 悲劇

 第三層へハルとメイディは急ぎ戻った。


「どこ? どこで角笛を見たの?」

「ここだ。ここのマグマに沈んでた」


 ロープをかけたマグマ池までやってくる。


「本来の通路が塞がってたところ……まさか⁉」


 崩れた土砂を見つめる。


「この先にレイスたちが⁉」


 メイディが土砂に駆け寄りペタペタと触る。


「……どうにかしてあちら側へと行く手段は」

「潜るか」

「は?」


 ハルはマグマの池を指さす。


「俺の『アダプテーション』は触れていて半径一メートル以内の者なら魔法の光で包むことができる。マグマは地下水のようにどこかしらに繋がっている……はずだ。潜ってあちら側への道を探す。それしかない」


 ハルがメイディに手を伸ばす。


「…………」


 マグマとハルの手を交互に見つめる。確かにハルの理屈は通るが、実際にマグマの中を潜るとなると怖いのだろう。

 だが、悩むのも一瞬。すぐにメイディはハルの手を取った。


「『アダプテーション』」

「………ッ!」


 陣を描いて、魔法を発動させる。手を繋いだメイディも共に光が包み、ハルはマグマの中へと潜っていく。メイディも最初はためらっていたが、目を閉じ、一気にマグマの中に飛び込む。

 マグマの中を潜水する二人。

 しまった……!

 潜ってから気が付いた。水と違ってマグマは赤く色が付いて発行している。透明な水の中のように視界が全く確保できない。

 ハルの戸惑いが手を伝ったのか、メイディが魔法陣を描く。


「『クリアヴィジョン』」


 透視の魔法を自らにかけ、目が青く輝く。そして、ハルの手を引いて進んでいく。

 マグマを透視してメイディは火山の地形を把握し、抜け穴を探す。


 みつけた。


 塞がれた通路方向からくる流れがある。ポッコリあいた人一人が通れそうな穴。

 そこをくぐり、土砂の向こう側へ。


「ぷはっ!」


 浮上し、メイディが大きく息を吸う。『アダプテーション』状態の下ではたとえどんな場所でも生命を守ってくれるので呼吸の必要事態ないのだが、気分的に空気を求めてしまう。


「リペアハート姉妹は⁉」


 ハルはすぐさま地上に上がり、リペアハート姉妹の姿を探す。


 ギャア、ギャア、ギャア!


 彼の耳に聞こえてきたのは、喉に金属を入れているカラスのような……聞いたこともない嫌な鳴き声だった。


「何だ、あれ⁉」

「レッドイビル……!」


 赤い小さな翼竜———レッドイビルの群れがハルたちを睨みつけ、今にも襲い掛かってきそうな雰囲気を醸し出していた。


「来る……!」


 ハルが剣を抜く。


「ハル、なるべく殺してはダメ」


 メイディは剣を抜きながらも首を振る。


「え⁉ こんな状況で何を言ってんですか⁉ あいつらを倒さなきゃ」

「倒すのは冒険者の仕事。私たちが下手に魔物を倒すと、冒険者の手柄を横取りしたと裁判にかけられることがある。だから、倒すのは、ダメ」

「そんな、もう来ますよ⁉」


 レッドイビルが様子見を終え、ハルたちへ一斉に襲い掛かってきた。


「だから、動きを封じるしかない」


 メイディが魔法陣を描くと、彼女の剣が青く輝きだした。


「『ウォーター・バインド』!」


 彼女の手刀が魔法陣へ向けて一閃された。

 すると彼女の剣から発せられた水流がいくつも分かれて飛んでいき、レッドイビルたちに直撃する。


 ギギギ⁉ 


 水流は魔法の縄となり、レッドイビルを拘束し、地に落とす。


「これでしばらく動きは封じることができた。リペアハート姉妹は⁉」

「いました!」


 地面の上で蹲っている背中がある。ズタズタに傷ついているが、ファイの纏っていた武闘家の服だった。

 すぐに駆け寄るハル。


「ファイ! ファ……イ……」


 絶句してしまう。

 ファイは絶命していた。


「ファイ? ファイ? 冗談だよな……眼を開けろよ……」


 今まで何度も死体を見て来たが、見知っている人間が死んでいるのを見るのは初めてだった。つい先日まで普通に歩いて、普通に笑いかけていた彼女の顔が、目を開け、呆けた顔のままピクリとも動かなくなっていた。

 ファイは何かをかばうように蹲っていた。彼女の背中はレッドイビルたちに散々ついばまれたようで、近くで見るとその凄惨さがわかった。ほとんど背中の肉がなくなり、腹に風穴が空いていた。


「ウ……!」


 吐き気が、こみ上げる。だが、吐いてる、場合じゃない………!


「呆けない! 早くファイ・リペアハートを運ぶわよ!」


 メイディが駆け寄り、アタッチメントから袋を取り出す。そして、その袋の中のものをファイへ向けてぶちまける。

 黄色い粉だった。


「それは?」


 気にはなるが手を停めている場合じゃない。ファイの体を持ち上げ、背負いながら尋ねる


「着魂の粉。これをかけると一定時間死んだ魂を現世にとどめることができる! 気休めだけど……! ないよりは」

「レイス⁉」


 ファイを持ち上げるとその下からレイス・リペアハートが出てきた。

 彼女を守るためにずっとレッドイビルからかばっていたのか……。


「……ァ」


 レイスの口から吐息が漏れる。


「まだ息がある! 死んでない!」

「急ぐわよ!」


 レイスの体を抱え上げるメイディ。

 『アダプテーション』の効果はまだ残っている。

 ハルたちはすぐさまマグマに飛び込み、レッドイビルたちの拘束が解ける前にその場を脱出した。

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