第二十八話 ボスフロアへ

 ラーズ火山の第三層。ほぼ周囲がマグマに包まれ、赤い輝きに包まれている階層で、ハルたちは立ち往生をくらっていた。


「道が塞がれてる……この道しかないのに」


 通路が土砂で塞がれていた。ここまで一本道で、分かれ道はなかった。そして、ハルたちがいる空間は周囲がマグマで包まれている。

 エマが途方に暮れて地図を見るが、頭を悩ませている当たり、地図にも別の道はなさそうだった。


「どうするんです? 急がないと手遅れになりますよ?」


 メイディが腕を組み、苛立たし気にコンコンと足を鳴らしていた。


「う~ん……」

「早く行かないと! 道は⁉ 道はどこにあるんですか⁉」

「ちょっと、落ち着いてくださいよ。メイディ、さん」


 若干ヒステリック気味にエマに食いつくメイディの肩を掴んで止める。


「何ヘラヘラ笑ってんの?」

「え?」


 振り返るメイディが鋭い眼光でハルを睨みつける。

 笑って、いたのか。まぁ、苛立っているメイディを宥めようと自然に口角が上がったのかもしれないな。


「すみません、笑ってるつもりはなかったんですけど。ピリピリしてもしょうがないじゃないじゃないですか。のんびり行きましょうよ」

「のんびり……?」


 メイディの、全身の毛が、見るからに逆立った。

 拳が握られる。


「やめなさい」

「…………ッ!」


 殴り掛かろうとするメイディを短い言葉で止めるエマ。


「今喧嘩したらそれこそ手遅れになるかもしれない。無駄な争いは避けたいわ」

「え? 俺……またなんか言っちゃいました?」


 怒気をはらんで睨むメイディにたじろぐハル。


「言った。言ったねぇ……本当にひどいことを」


 隣でうんうんとハザードが頷く。口調や態度は軽いが、彼もどこか怒っているように見えた。

 そして、地図を見ているエマを仰ぎ見る。


「最近学校じゃ教えないんだっけ?」

「教えないところもあるらしいわよ。魔法使いじゃなくて、戦士や武闘家にはあまり縁がないことだしね。ハル君の行ってる学校は剣や攻撃魔法しか教えないところだから、言っても授業中にちょっと教える程度でしょう」

「あの、一体何の話を……?」


 何故怒られているかわからず、戸惑うハル。どうにかその理由を探そうと皆を眺めるが、その最中にあるものを発見した。


「……あれ! 穴がありますよ!」


 マグマ池の先に小さな空洞を見つけ、指さす。


「……地図には載ってない。多分隠し通路ね。でかしたわよ。ハル君。多分、本来の道は地殻変動で崩れたんだろうけど、『グロッド』はあの空洞を見つけてボスフロアに辿り着いたってわけね」

「でも、あそこに行くにはマグマが」

「あなたなら大丈夫でしょう? 『アダプテーション』が使えるのだから。向こう岸に辿り着いて、ロープをかけて、そして渡りましょう」

「了解」


 アタッチメントからロープを取り出し、岩に結び付け、ハルは空中に魔法陣を描く。


「『アダプテーション』」


 呪文を唱えると装備ごと体を銀色の光が包み、一歩マグマの中へと足を踏みいれる。

 環境最適化の魔法を使ったハルの足はマグマの熱に耐え抜き、まるで水の中のようにじゃぶじゃぶと入っていく。


「よし、うっし……」


 服や背負っているバックパックは『アダプテーション』でカバーできるが、岸から伸びるロープまでは範囲が届いておらず、マグマにつかないように頭上に上げながら慎重に進む。反対側はメイディが引っ張り、常にピンと張った状態になっている。

 さっきはなぜ怒られた。

 メイディを見るが、彼女はもう仕事モードに入り、顔色からは何も読み解くことができない。恐らく帰った時に教えてくれる……というか説教が待っているのだろう。そう思うと若干憂鬱になる。


「ん、火成岩か? 違う、なんか変なものが浮いてるな……」


 マグマの表面に、塊だけじゃなく白く焦げた変なものが浮いていた。

何ともいえないドロドロに溶けて原型を保っていないオブジェとしか言いようがないそれを拾う。


「オーブ王国の、紋章? これ、角笛か?」


 まだ焦げていない場所にオーブ王国の紋章が刻まれていた。

 そんなものが描かれているもの、そしてこんな場所にありそうなものは一つしか心当たりがない。


「あぶねえな、個人で来てたらアウトだったぞ」


 『グロッド』の誰かが落としたのだろう。間抜けな人間もいるものだ。今回はギルドで潜っているので、パーティーは全員ボスフロアにいるので個人が落としても大丈夫なのだが、全くと呆れざるを得ない。

角笛だったものを投げ捨て岸にたどり着き、ロープを固定する。


「おーい、固定しました! こっちに来て大丈夫ですよ!」


      ○         ○            〇


 細い通路を抜け、最下層に辿り着く。

 道に流れるマグマの量が多くなり、周囲の気温も灼熱と言っていいほど上昇している。


「ハァ………ハァ……いるだけで疲れるね」

「そうね。でも、ハル君なら大丈夫でしょう?」


 疲れた様子のハザードとエマがハルを見る。


「ええ、まぁ、『アダプテーション』使ってますからね……」


 ハルの体は銀色の光に包まれたままだ。どんなに環境が悪くても、ハルの『アダプテーション』の光は発動者の命を守るために中を人間が行きる最適な空間に保ってくれる。


 ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ‼


「⁉」


 突然、雄叫びが響いてハルの肩が揺れる。

 奥に赤く爛々と輝く空間があり、そこから聞こえてきたようだ。

 エマとメイディが剣を抜く。


「あそこがボスフロアみたいね。みんな気を引き締めて。私たちが死んだら誰も助けに来てはくれないから」

「そうですね。しばらくは」

「しばらく?」


 勇んでボスフロアに行こうとした一同が、足を止め、ハルを仰ぎ見る。


「だってそうでしょう? この世界では教会に行けば人は生き返られるんだ。だったら、別のパーティーがトリプルヘッドドラゴンを倒すまでの辛抱ってことでしょう? 彼らが俺たちを教会に連れて行けば生き返ることができる。それが何年か何か月後になるかわからないですけど」

「エマさん、もう行きましょう。これ以上あいつの声を聴いてイライラしたくない」


 呆れたように首を振ってメイディが先を急ぐ。


「な、何だよ。その通りだろ?」


 エマがポンとハルの肩に手を乗せる。


「大丈夫、後で説明する。その時に殴るね」

「……ッ」


 にこっと笑って、エマもボスフロアへと向かった。彼女の笑顔が恐ろしかった。

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