第二十五話 緊急事態

「……じゃあ、メイディは? メイディも冒険者だったんだろ?」

「おや、聞くねえハルちん。人との個人情報がそんなに気になるのかな?」


 人のっていうか、あの娘だから気になるんだけど。


「まぁ、でも教えてくれないならそれでもいいよ。人から聞くのは卑怯だって自分でもわかってるし」

「う~ん、まぁ知ってるけどね。うん、本人から聞きな。メイディが冒険者をやめた理由も大体私らと同じようなものだから。あんまり気持ちい話じゃないし。人から言われたくないだろうしね」

「そっか……」


 剣を打ち合う音を聞きながら、ハルはピックを磨く作業を再開した。

 あの綺麗で仕事にプライドを持っている金髪の少女はここに来るまでどんな体験をしていたのだろう。気になるが自分が聞いて語ってもらえるのだろうか。


「ちなみに、ハザードも冒険者だったの?」

「あいつは違う。ただ単に治癒魔法師が必要だったからスカウトしただけ」

「あの人にもエアロたち同様悲しい過去があったりするの?」

「うんにゃ、あいつはただ単にエマ隊長をナンパして返り討ちにして、この詰め所に一週間ぶち込んで、仕事をさせてただけ」


 それって、俺の時と同じじゃん……。


「それはスカウトとは……」

「スカウト、だよ。ハルちん。いいね?」

「はい」

 可愛そうに、あの男も自分と同じ境遇だったのか。


 ボォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン‼


 ハザードに少し優しくなろうと、思った瞬間、空気が震えた。

 アリスの雄叫びだ。どこかで角笛が吹かれたのだ。


「任務か、準備しないとな」


 二週間も救助騎士隊にいたハルはもう慣れたもので手早く救助用具を準備していく。


「……!」

「エアロ?」


 エアロもいつもだったら「ハルちん行くよ」なんて言って同じように手慣れた手つきで準備していくところなのだが、険しい顔をしたままアリスを見て固まっていた。


「どうしたんだよ。エアロ。早く準備しないと」

「……そう、本当にそうだよ。ハルちん。急いで。でもしっかりと準備しなきゃダメだよ。鳴き声が少し違ったの。気づいたかい?」


 いつにもましてエアロの顔はシリアスだった。緊迫し、頬には若干の汗が流れている。


「鳴き声?」


 確かに、違った気がする。

 いつもだったら、「ルオオオオオオオン」といった鳴き声だったのが、今回は「ボォオオオオン」といった聞いたことのない声だった。


「ルオオオオンていう鳴き声は普通の場所で角笛が吹かれたという鳴き声。ボォオオオンはある場所で角笛が吹かれた場合の泣き声」

「ある場所?」


 エアロはつかつかと詰所の外へと歩いていく。


「ボスフロアよ。隊長、聞きましたね⁉ 今回はボス部屋からの救難要請です!」


 エアロが扉を開くとエマとメイディが飛び込んでくる。


「聞いてた! ハザード君は⁉」

「まだ寝てます」

「今起きました!」


 二階にある仮眠室から飛び出し、一階に降りてくるハザード。

 普段も準備の時はあわただしいが、ここまで緊迫しているのは初めてで、ハルはただただ茫然としてしまう。


「何やってるの? あんたも早く準備して」

「え、でも、俺はもう装備は終わって……」


 救助道具一式が入っているバックパックとアタッチメントを装備し終わっている。


「ああ、ごめん、言葉が足りなかった……」


 レスキューアームを装着している途中だったエマが振り返る。


「前に剣が必要ないって言ったのは、あの任務では必要ない。って意味だったの。今回は、必要」


 そう言って、エマは壁を叩くと、くるりと一回転させた。まるで忍者屋敷の仕掛けのようになっているそこには剣と盾が備え付けられていた。


「今回は必要なの」


 エマが剣を手に取り、ハルに向けて放り投げた。

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