第二十四話 エマの過去

 出勤し、今日は詰め所で備品の点検を行う。

 ベルトやピックを磨きながら、退屈そうに外を眺めると、エマとメイディが剣を打ち合っていた。


「何やってるの? あの二人」


 どう見ても戦闘訓練だった。以前、エマは救助騎士隊に剣など必要ないと言っておきながら自分は剣の練習をしている。


「ああ、あれ? いざというときのために三日に一回ぐらいはああやって剣の稽古をしているのよ」


 ハルと同じようにアリスの替えの鞍を磨いているエアロが答える。


「剣が必要ないってエマさん言ってなかったっけ?」

「必要なかったっしょ? 今までの任務には。ただ現地に行って死体を引くだけだもん」

「まぁ……それが良かったかっていうと、違うが」

「ふにゃ?」


 首を傾げるエアロの視線の先、ハルは額に汗をかきながら剣を打ち付け合うエマとメイディを羨ましそうに見ていた。


「剣を持って戦うことがあるなら、俺も戦いたい。俺だって冒険者を目指して、そういう学校に行ってきたんだ。剣や格闘術の訓練だってそこそここなしてきた。だけど、ここの人たちは誰も俺にそんな機会をくれなかった。俺だって、誰かを守るために戦いたいんだ」

「にゃははははは! 初めて魔物を見て逃げ出した人間がなんか言ってるよ!」


 エアロに指さされて笑われる。

 その事を言われるとぐうの音も出ない。ハルはドラゴンの咆哮一つで逃げ出し、巨大クワガタを目の前に立ち向かうことなくまた逃げたのだ。


「それは、あの時は剣を持ってなかったからで……武器を持ってたら立ち向かうことができたさ……」


 嘘だ。

 たぶん、持っていたとしても巨大クワガタに立ち向かわずに逃げ出していた。対峙したときに武器を持っていたらなんて考えもしていなかった。

 自分より確実に巨大で、確実に強大な相手を前にすると、恐怖で身を支配される。そして一刻もその支配から抜け出そうとしか頭が考えられなくなるのだ。


「にゃはは。まぁ、学校の机の上で習うことと、実際モンスターを目の前にするのとは全然違うからね。ハルちんの気持ちもわかるよ。私だって初めてはそうだったもの」

「そうなのか? エアロも死体引きをやってたのか?」


 今はアリスの手綱を引くだけで、地上に全く下りない騎手と化しているが。

 その予想は外れたらしく、エアロは首を振った。


「うんうん、冒険者。私とエマ隊長は一緒のパーティーを組んで冒険者をやってたんだよ」

「え⁉」 


 初耳だった。エマが元冒険者だというのもそうだし、エアロもそうだったというのも驚きだ。


「ちなみにメイディもそう。去年まで冒険者をやっていたんだ」

「え⁉ っていうことはメイディは俺より年上?」

「そこ? そうだよ。あんたはまだ十八で、メイディは今年二十歳」

「そっか、そうか、それなら良かった……」


 最近ずっと敬語を使っていたから、年下だったら自分が情けないなと思っていたところだった。


「何が良かったんだか。聞かない方が良さそうね……」

「ん、ということは……エアロは何歳なんだ? エマさんと一緒に冒険者をしていたってことは、結構歳いってんのか?」


 小柄なエアロのことはずっと年下だと思っていたが、先ほどの話からすると、ハルよりもはるかに年上ということになる、のか?


「う~ん? 女性に歳を聞くのは無礼千万だよ」


 笑顔を向けるエアロだったが、その眼は笑ってなかった。


「あ~……でも、エマさんは何となく想像つくけど、エアロも冒険者だったのは信じられないなぁ~。どんな冒険者だったんだ」


 今まで感じたことのないプレッシャーに負け、ハルは慌てて話題を変えた。


「ん? 普通の冒険者だったよ。魔王を倒そうと頑張って、城のある暗黒大陸に乗り込んでずっと戦うだけの普通の」

「普通って、それ相当の実力者じゃないか。暗黒大陸ってレベルが八十以上じゃないと即死するって噂の……そんなところで戦ってたの? 嘘でしょ?」

「ん? 嘘じゃないよ」


 平然と鞍を磨き続けるエアロ。この小柄でくせっ毛の少女にしか見えない女がレベル八十を超えているとはとても思えない。


「そんな人間がどうしてこんな救助騎士隊なんてパッとしない職に就いてるんだ? 冒険者続けていたらもっとお金ががっぽがっぽ貰えて、もっと裕福な暮らしができていただろうに」


 こんなボロ小屋に毎日勤め続けるほど、惨めな生活はしていなかっただろうに。

 エアロは顎に指をあて、天井を仰いだ。


「色々あったんだよ、色々ね。裏切ったり裏切られたり、エマちゃんはそんな生活が嫌になっちゃって冒険者やめて、それにエアロちゃんはついてきただけ。それだけ、にゃは」


 笑うエアロはそれ以上語りたくなさそうだった。

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