第二十二話 ファイ・リペアハートの噂

 しばらく、穏やかな日々が続いた。

 ハルは角笛が鳴ると現地に飛び、死体を引き村に連れていく。一日務め所で仕事をした後はリペアハート邸に行き、食事ありつく。

 毎日彼女たちに会うのが、ハルの癒しとなっていた。


「何をニヤついているの?」

「へ?」


 今回は森の中で全滅したパーティーの死体を引いている。森の奥深くにあるお化けキノコの巣に迂闊にも入り、毒をもらって全滅していた。

 ハルとメイディは宇宙服のような防護服を身に着けて、全身をガードしつつ巣に入り、四人の冒険者の死体を見つけ、ロープでくくって村を目指して引き続けている。


「もしかして、キノコの巣にいるときにヘルメットを外した? 笑いダケの胞子を擦ったんじゃないでしょうね?」


 メイディが外して、首にかけられているヘルメットを指で叩く。巣からはもうだいぶ離れて、様々な状態異常を引き起こすお化けキノコたちの真ん中ではそれが必須だったが、今はもう外しても大丈夫になっている。


「違いますよ。最近友達になった女の子たちと会うのが楽しみで。そうだ、レイスですよ。レイス・リペアハート。一緒に川で助けたでしょう。彼女の家で毎日ごちそうされてて、今日もそれが楽しみなんだ」

「ふ~ん、ハザードみたいなこと言わないでくれる? 付き合った女の自慢話を延々と……」

「あれと一緒にしてほしくないですよ。それに、まだ付き合ってないし。いい子たちなんですよ。ファイの方は最初は風当たりが強かったけど、お姉ちゃんのことを話すと嬉しそうに話すし、今ではすっかり普通に会話できる中になれたし」

「ふ~ん……」


 任務の時に殴られて以降、彼女はハルに対してずっとそっけない。


「あのことまだ気にしてるのか……?」

「あのことって?」

「逃げたことですよ。でもあれはあやま……」


 ガリッ!


 ハルの足元で何かが砕ける音がした。

 見下ろすと、角笛が砕けていた。ハルの足が紋章を踏み抜きバラバラになってしまったのだ


「あ!」


 メイディは死体を引くロープを放して慌てて、角笛を拾い上げる。


「何かまたまずいことやっちゃった?」


 だけど、今回はあまりハルは悪くない。先頭を歩いているメイディが引いている死体から零れ落ちた角笛を踏んでしまったのだ。避けられなかったのが悪いといえばそれまでだが、落としたメイディも悪い。


「いや、もう私たちが来ているから、そこまで不味くはない。今のは反射的に、ちょっと……」


 落ち着いた手つきで砕けた角笛を拾い上げる。


「反射的に?」

「角笛は冒険者にとって絶対に手放したり、傷つけたりしちゃいけないアイテムなの。たとえモンスターの激しい攻撃にさらされても絶対に守らなければいけない物」 

「救助が来なくなるから?」

「そう、すぐに救助が来ないと手遅れになる」


 かけらを全て拾い集め、袋に入れるメイディ。


「手遅れ、ねぇ……」


 ハルは自分が引いてる死体を見つめる。笑いダケの胞子を吸いすぎて、笑い時にしてしまったこの盗賊の男の顔を見ているともうすでに手遅れな気がするが。

 そもそも死体回収に手遅れも何もないだろう。


「まぁ、うん、そうだな、急がないとな……」


 なんて、本音を言ったらまた殴られそうだったので、適当に相槌を打っておいた。

 ハルの本音が見透かされているのかわからないが、メイディはジッとハルの顔を見つめた後、自分の方のロープを握り、死体を引き始めた。


「そういえば、レイス・リペアハートの妹。やっぱりファイ・リペアハートっていうのね」

「へ、あ、ああ、そうですよ。ファイ・リペアハートが彼女の妹で、いつも会ってる」


 さっきした話をまた持ち出されるとは思わず、ハルは慌てた。


「彼女、あまりいい噂聞かないわね」

「……どういう意味です? 彼女はいい子ですよ。悪いことをしたっていうのなら、絶対に彼女をやっかむ人間の出まかせだ」


 ファイの悪口を言うつもりなのかと、ハルの眉間にしわが寄る。


「その通りよ。やっかむ人間の出まかせが耳に入るの」

「そんなの気にしないで」

「多すぎるのよ。彼女誰構わず噛みつく癖があるみたいね。いつも喧嘩をしているってしょっちゅう耳に入るわ」

「それは、みんな姉の方を馬鹿にしてるからで……」

「それに彼女強いんでしょ? 優秀な冒険者がそろう『グロッド』でも五本の指に入るほどの実力者ってい聞いたわ。だから余計にやっかんでいる人間が多い」

「でも、強いんだったら、誰も何も言えないから、大丈夫じゃないんですか? ファイも姉の悪口を言わなければ安全なんだし、そうやって悪口言うやつを倒し続けてたらいつかは誰も悪口を言わなくなって、そしたらファイも大人しくしてるし、時期にそんな噂もなくなりますよ」

「だといいけど」


 含みのある言い方をして、メイディは肩をすくめた。そして、ハルを振り返り、


「『グロット』は……いや、冒険者っていう人種は危険よ」


 彼女の瞳には悲しみが宿っていた。何か過去に会ったのだろうか。


「え? どういう意味です?」

「…………」


 ハルの質問には答えてくれず、メイディはまた黙々と死体を引き続けた。

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