第二十話 信じる
リペアハート姉妹は一つの家に二人で暮らしているようだ。彼女たちの両親も冒険者だったらしく、いつも家を空けており、遂には彼女たちが十歳のころになると二人そろって魔物に食べられて死んでしまったという。それから、二人は生きていくために仕事をした。両親の伝手を使ったため、冒険者見習いのような仕事ばかりやっているうちにレベルが高くなり、いつの間にか期待のルーキーと呼ばれるほどの実力を身に着けていたらしい。
「いや、そんな大型新人冒険者のレイスに食事を作ってもらえるなんて感激だなぁ……」
「いいんですよ。ずっとお礼をしたかったですし」
そう言いながら、レイスはハルの前にコカトリスの串焼きを置く。
レイスはハルが食事困っていると聞き、この間川で助けられた礼をしたいと食事をふるまうと言ってくれた。ハルにとってはまさに天の助けのような申し出だったので、断る理由なく二つ返事で受けた。
「まったく、お姉ちゃんは優しすぎるんだよ。男を家に招くなんて。こんなやつ、どっか適当な場所で野垂れ死にさせときゃよかったんだよ」
と、ずっとファイはぶつくさ文句を言っていた。彼女は膝を立てた、はしたない姿勢で椅子に座り、ハルの皿の串焼きをさらった。
「お前、それ俺の肉じゃねえかよ!」
「お姉ちゃんが買って、お姉ちゃんが焼いたんだ。これは私ら姉妹の肉だ」
「コラ‼ ファイ、いい加減にしなさい!」
再び喧嘩をし始めそうな妹に対して流石に𠮟りつける姉。
ファイはびくりと肩を揺らした。
「ごめん……」
「もう、団長からも注意されたじゃない。そのすぐに喧嘩を売る性格をどうにかしろって。もうちょっと大人しくしてくれないとお姉ちゃん泣いちゃうよ」
叱られるとすっかりファイは大人しくなってしまった。その隣に自分の分の料理を置いて、レイスが食事を始める。
そうだ、この娘たちは『グロッド』にいるんだった。ハザードから聞いた話によるとあぶないらしいんだが、大丈夫なのだろうか。
「そういや、二人はギルドでは上手くやってるの? この間はあのトーマスとかいう団長に滅茶苦茶言われていたけど……」
レイスとファイの顔が曇った。
「そのことは、あんたには関係ないだろ」
「ファイ、ハルさんは私を心配してくれて言ってくれてるんだよ。実は、私がファイの足を引っ張ってるせいで、いつもファイが嫌味を言われてて……上手く行ってるとはとても……」
「それはあいつらが……!」
リペアハート姉妹の顔が曇っていく。
ハルは、そんな二人の力になりたいと思った。
「差し出がましいかもしれないけど、レイスはどうしてあんなに冷遇されるんだ? 『グロッド』に入れるぐらいだったら優秀な冒険者なんだろう? だったら、いらないとまで言われるほど能力が低いとは思えないんだけど」
「それは……」
レイスが首を押さえ、帽子掛けにかけた三角帽子を見つめる。彼女が妹からもらったという川で溺れる原因となった三角帽子だ。
口ごもる姉に変わり、妹が答える。
「お姉ちゃんは学校では優秀だったの。誰も使ったことのない『フレアランス』『バーニングスプラッシュ』とか、炎属性の強力な魔法を開発して、『グロッド』のテストでも団長を驚かせるぐらい凄い魔法を使って、ショーみたいなことをできてたの。でも、私たちは魔物と一回も会ったことがなかった」
「…………」
レイスの口元がギュッと結ばれる。悔しさをこらえるように。
「訓練でも案山子を相手に魔法を撃っていただけで、本当の魔物相手だと……お姉ちゃん、怖さが勝っちゃうみたいなんだ。だからいざというときに魔法陣を結ぶことができなくて……」
レイスはどうやら、座学が優秀で実績がいまいちなタイプのようだ。
「ごめんね、ごめんね。ファイ……ファイはギルドの役に立ってるのに、私のせいで陰口を言われて……」
「そんなお姉ちゃんのせいなんかじゃない!」
姉はポロポロと涙を流して妹に謝罪する。
「妹の方は緊張したりしないのか?」
ふと気になって尋ねると、涙を流していたレイスがいきなり身を乗り出した。
「ファイは本当に優秀なんです! 獅子拳法っていう拳法を五年山籠もりして習得した格闘家で、ギルドでもファイに勝てる人は相違ないぐらい強くて……団長でも勝てるかどうかわかんないって言ってました!」
「ちょっとレイスお姉ちゃん……」
いきなりテンションを上げる姉に恥ずかしがる妹。
「そんなに強いのか? その細い体でそうは見えないけどな」
「何だ? 試して見るか?」
グッと拳を握りしめ、ファイが睨みつける。
「だ、から……私がいなければ、ファイはもっと……」
「ああ、お姉ちゃん……」
またレイスが沈み込む、今度は落ち込んで喧嘩を止めることに成功していた。
「……自分がいなければいいなんて言うなよ」
「え?」
何度も何度も自虐するレイスに、いい加減腹が立ってきた。
「俺は死体引きをやってる。死んだり、助けを求める冒険者はいわゆる敗者だ。だけど、そのどいつも自分がいなくなればいいなんて思って冒険をしているわけじゃなかった。みんな希望を持って、旅に出て、そして現実に打ちのめされて助けを呼ぶ」
「やっぱり、希望を持ったって負けるんじゃ」
「でも、そいつらはみんな懲りずにまた旅に出る」
「………」
自虐的に口を挟もうとしたレイスが黙り、フルフルと瞳を震わせてハルを見上げる。
「皆馬鹿なんじゃないかと思うよ。だけど、何度も何度も倒されても、次こそはとみんな思ってダンジョンに潜ったりボスモンスターに戦いを挑むんだ。いつかは攻略できると信じて。レイス、お前も自分ができると信じて冒険に出てみたらどうだ?」
それはハルがたった一週間ちょっとぐらいしかやっていないが、死体引きをやっていて抱いた正直な感想だった。
どいつもこいつも、冒険に出ては死に、死ぬくせにすぐに前死んだところに行って同じように死んでいく。そして、ハルたちの世話になっておきながら悪びれもせずに何度も何度も旅に出る。
だけど、あいつらはみんな笑っていたのだ。できないくせに次はできるんじゃないか、できるだろうと、みんな笑って冒険に出るのだ。
「私ができる……?」
「できると思ってできないことなんてないと思うぞ?」
自分で臭いことを言っているなと、恥ずかしくなってハルは肉を食べ始める。
ハルが食べている間、ずっとレイスは俯いていた。だが、その眼には若干の光が宿っていた。
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