第十五話 異世界の『死体引き』

「冒険者がなんぼのもんじゃ~い‼」


 王都の酒場で顔を真っ赤に染めたハルは足をテーブルに乗せて、酒樽を天へと掲げた。


「そんなん受からなくてもなぁ~! なんとかなるんだよぉ~‼」

「おうおう~、その通りだ~! こうして何とかなったぁ‼ ようこそレスキューナイツへ‼」


 ハルに抱き着く、同じく顔を真っ赤に染めたエマ。


「お~う、ようこそハル君‼ 歓迎するよ‼」

「うわ~い‼ エアロちゃんもエアロちゃんも~‼」


 そんな二人をやんややんやとはやし立てる救助騎士隊唯一の男性隊員ハザードと、エマと一緒になって抱き着いてくるクジラの乗り手、エアロ。


「ハァ………」


 輪から外れて背を向けて一人で飲んでいるメイディ。

 そんなメイディの背中が気になり、フッと表情を普通に戻してテーブルの上から降りる。


「あの、メイディ……さん。あの、昼間はすいませんでした。死体に慌てて、ドラゴンが吠えて逃げ出して。本当に醜態を晒して……謝ります」


 メイディに向かって頭を下げる。

 メイディの歳はわからないが、生まれ変わる前の晴よりは一回り年下だろう。そんな娘に頭を下げるなど、たとえ自分が悪くてもごめんだったが、今回は本当に情けない醜態を晒してしまったので素直に謝ろうと思った。


「それだけ?」

「いや、まあ、本当に申し訳ないと思ってます、よ……? 教会に行けば復活できるって冷静に考えればわかるのに、慌ててドラゴンを呼んで、メイディさんやエマさんを置いてドラゴンの巣から逃げ出したこと。本当に悪いと思ってます……よ」

「そう、それだけなんだ」


 メイディは失望したように首を振り、席を立ちあがった。


「帰る」

「え、あの……」


 にべもなく、メイディは店を出て行ってしまう。

 ハルは何が何だか分からず、未練たらしくメイディが出ていった扉へ向けて手を伸ばしたまま固まっていた。


「ふぅ、まぁ仕方ないよね。飲もう、みんな飲もう!」

「いえ~い!」


 悪くなった雰囲気を仕切りなおすエマ。エアロはそれに同意し、酒樽を掲げる。


「いやはや、君が来てくれて、俺は本当に助かったよ。ありがとう、ハル君!」


 ガッと肩を組まれる。

 ハザードの笑顔が目の前に迫る。暗い雰囲気を払しょくしようとしているのだろうが、顔が近くて怖気づく。


「あ、どうも、ハザード・グラント……さん、でしたよね?」


 確か、救命魔法師とか紹介されたような気がする。仕事の時は白衣を着ていたし、医者のような役割を与えられているのだろう。


「そうそう、今回は目立たなかったけど、要救助者が怪我をしていたらそれを手当てするのが僕の役目。今日みたいに死んでる人しかいなかったら魂が体に戻ってこれるように祈ることしかしないけど」


 アリスに冒険者の死体を乗せた後、彼はずっと手を握りしめて祈っていた。それが何の効果があるのかハルには測れなかったが、祈っている間、死体がぼんやりと光っていた。多分祈るのも重要なのだろう。

 だけど、そんな治癒魔法師がいるのなら、一つの疑問が浮かぶ。


「グラント、さんがいるのなら、わざわざ村の教会に行く必要はなかったんじゃないですか? だって治癒魔法師ですよね? 蘇生魔法も使えるでしょう?」


 ハザードはぶんぶん首を振った。


「使えない使えない。そんな上級魔法。体力を全快させる大魔法も、使ったらもうほかに何も使えなくなる状態になるっていうのに。ああ、それとハザードでいい。僕もハルと呼ばせてもらうから」


 そう言って、ウィンクをする。


「使えないんですか? ハザード。だって、救助騎士隊の救命医何でしょう? そういう魔法を使える人しかつけないんじゃないですか?」

「キュウメイイ?」

「ああ、違った。救命魔法師です」


 現実世界の用語をちょいちょい口を滑らせて言ってしまう癖をそろそろ治さないといけないな。


「もしかして、この世界には蘇生魔法がないとか?」

「いや、教会で生き返ったのを見てただろ?」


 そうだった、酒が回って忘れてしまっていた。だけど、ニュアンスとしては、教会とかそういう場所じゃなくて使える人間はいないのかというニュアンスで言ったつもりだったのだが、


「蘇生魔法は大魔法だ。神の加護が必要で大多数の信仰が集められている場、教会じゃないと基本的に使えない」

「基本的に? 教会以外でも人を蘇らせることができる人間がいるのか?」

「ああ。いるけど、レベルが相当高くないと習得できない。し、そこまで高くなるには魔物との戦いが必須。魔物と戦う職業の人間は?」

「冒険者?」

「そう、だから、使える人間は冒険者になって皆村や町の外に出ている。だから、僕みたいに魔物と一回も戦ったことがない、ひたすら勉強や、修行に打ち込んでいる人間は怪我を直すぐらいしかできないってことさ」

「……なんかこの世界って破綻と矛盾で満ちている気がする」


 優秀な人間が次から次へと外に出て行って、必要な場所が人材不足になるとか、本末転倒だろう。


「この世界? 何のことを言ってるんだ? まぁいい、ハル君。これから一緒にナンパに行こうぜ。丁度あっちの席に座ってる女の子。いい感じじゃないか?」


 カウンターで飲んでいる女性の二人組を指さすハザード。


「え、いや……女の子に話しかけるとか、ナンパなんて生前もしたことがないし」

「今だって生きてるだろう。ナンパをしたことがないなんて、君は人生の八割は損しているぞ。女と出会って、癒され、傷つき傷つけあう。それこそが人生の楽しみだ。さあ、行こう、今行こう、そこのかーの……!」

「ちょっと、何やってるの」


 強引にハルを引っ張っていこうとするハザードをエマがすんでのところで止める。


「よそ様に迷惑をかけないの。それに女の子ならウチにたくさんいるじゃない!」

「そうだぞ! 三人もいる! 何が不満なんだ!」


 エマが引きずり戻し、エアロが自分を主張するように飛び上がる。


「三人しか、いないんだ。それにウチの隊の女はなんというか……その……魅力に……」

「あん?」


 エマが鋭い眼光でハザードを睨みつけ、瓶を振り上げる。


「そ、そういうとこですよ! そういうところ! 隊長は体はいいのに酔うと気性が激しいから、だから恋愛も長続きしな」

「表に出ろ、ハザード‼ そのにやけた顔の皮を剥いで祭りの露店に飾ってやる‼」


 エマが襲い掛かり、大慌てで逃げ惑うハザード。酒場の客は慣れているのか、キャーキャー騒ぎながらも、ほほえましく二人を見つめていた。ハザードは命の危機を感じているかのように必死の形相でエマから逃げているが。

 初めて会った時も、エマは凄い迫力で脅してきた。やっぱりあの人は酔うとダメな人のようだ。


「ふふん、やっぱりジェンシー隊の飲み会は賑やかでいいねぇ。ようこそ新人ちゃん、この世界で最も人気のない騎士隊。救助騎士隊へ」


 引いているハルの隣にエアロが腰かけ、乾杯する。

 髪が外にはねている活発そうなこの少女とはまだろくに話してなかったな。身長が小さいから多分、年下だろうと思うけど……。


「エアロ、でいいかな? 人気がないってどういうこと? 救助隊って俺の世界だと人気の職業だったんだけど」


 エアロは椅子を揺らして笑い飛ばした。


「プすす~! 救助騎士隊が人気なわけないじゃん。ハルちん、君の世界だけだよ。救助騎士隊がみんなから何て呼ばれているか知ってる⁉」


 赤い顔をしてグイッと身を乗り出してくる。

 酒の匂いと共にフワッと女の子特有のいい匂いが鼻先をかすめて、思考が止まる。


「いや……わからないな……」


「ハイエナ」


「へ?」


 エアロはごまかすように笑った。


「これから大変だけど、一緒に頑張ろうね。『死体引き』さん」

「『死体……引き』?」


 その言葉から嫌な予感をビシビシと感じるハルだった。

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